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ほろ苦い思い

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<本日の写真>ひっくり返してみました。



今日は…
「力がある」ということがどういうことなのか、よく分かった一日でした。

私にもっと力があったなら。
私のかわいい学生さんに、スタッフに、もっと楽をさせてやれるのに。

恐らく今日はじめて、権力が欲しいと思った。


私の場合、自分が偉くなりたい、とか思ったことはなくて。
ただふよふよと、ある程度の方向性を持ちながら、その場その場で仕事をしてきただけで。
そういう意味では、大学で研究をするパーマネント職というものになって、職業的にこれ以上どうこう思わなかったのですが。

偉くなる=自分についてきてくれる学生やスタッフが困っているときに助けられる資金とポストがある、ということであれば。
もっともっともっと偉くなりたい。



…人生感かわりそうです私
(-.-;)



とりあえず現状で、もっと学生さん達になんとかしてあげられるよう頑張ってみますが…我々の職業の場合、1番手っ取り早いのが良い論文業績をあげること。
守りたい物が増えるほど、人は大人になるのかもなと思った今日。新聞を見る目すら変わった自分を感じます。
携帯投稿続いていますが、ランキングはかなり更新の励みになりますので、どぉか押してやって下さい…→
sachi * 日記:プライベート * comments(24) * trackbacks(0)

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コメント

やはり、ミシシッピ赤耳ガメのようですね。
通称ミドリガメのことですが、ご近所の公園で繁殖しているのでしょうか?
縁日などで購入した後、飼えなくなって池などに放す人がいて、繁殖してところもあるようです。
小さくてかわいいミドリガメですが、結構大きくなります。甲羅で15cmくらいになると、かわいい感じではなくなりますね。

ところで・・・。
>学生さんに、スタッフに、もっと楽をさせてやれるのに。
スタッフさんはいいとして、学生さんは楽させなくてもいいかな、って思います。苦労すると楽しようと工夫するでしょう?
はじめから楽していると、創意工夫のチャンスをつぶしているかもしれません。教育者バイアスがかかった意見ですが、失敗できるときに失敗させるのもいいかな、と思います。
違う方向性のお悩みかもしれませんが・・・。
Comment by Shukopapa
大学の教員は研究者であることと同時に教育者であることをお忘れなく。それは学生を教育することだけではありません。
助教、准教授、教授と立場が変わると、研究現場から離れ、オーガナイザー、コーディネータとなり組織のため、分野のために汗をかくようになります。
そこでの割り切りが後につづく人達の育成には必要です。
親と同じく教授と言う立場もなってからその苦労がわかるでしょう。
 
Comment by じゅんちゃん
僕はじゅんちゃんさんの割りきりには反対だな。ノーベル賞クラスの多くの研究者は老人になっても若い時と同様に執念をもって研究をしていますよ。もうそれは止むに止まれぬ衝動のような。オーガナイザー、コーディネーターは誰でも出来るのですが本当の独創的な仕事は代替が効きません。
Comment by hh
ミドリガメといえばサルモネラ菌がついている亀というイメージが強いので、かわいそうな亀だ。権力もないよりあった方がよいけれど、権威もないよりあった方がよい。
Comment by どこにいるの?
大切にしているものが沢山あるんですね ^、^
先生も権力ですし
親も一つの権威です
一握りしか持てない権力と、沢山の人が持てる権力の違いですね

上に行くと当然ながら能力も責任も重くなると思います、助けたいって思いと自分の手の届く範囲を相談しながらでしょうか・・

大人って 守るものの量によるんですか?
となると、、能力によって大人でないかが大きく左右される事に・

う〜ん
親も先生も大切な権威ですし能力が求められます

でも、先生ですともっと高い権力がなければ助けられないのも出てくるんですね
「助け」の量と質を良くするには権力を得る時間と労力が必要になってくる・・

言える立場ではないのですがー
力を求める余り、力と思いをなくさないで下さいね(T、T)

お疲れ様です m(..)m

P.S 
Did You Know 3_0 が興味深かったです


Comment by Training Herz
次を育てるのも大事だと思いますよ。いい歳こいて自分は未だ第一線なんて考えているのは、思い違いですね。
Comment by JosephYoiko
JosephYoikoさんは分かっていないですね。一線にいない研究者でないときちんとした後進は育てられないというのが一般的に受け容れられている考えです。大体、研究というのは大方、師匠との共同研究で始まるですから、その時点で師匠を超える何かを持っていないようでは話になりません。ただの劣化コピーを生産してもそれは教育者とは言えません。
Comment by hh
何か俺に研究語っている人いますけど、とても恥ずかしいことしていますよ。

第一線で活躍する場合にも役割があるの。

チームで仕上げるタイプの研究の話だと思うのですが、爺の教授が若手の准教授と同じ意識で第一線にいるつもりになってはいかんということです。

もちろん、結果的には教授の名前が先頭に出るかもしれんけど、それは研究プロジェクトの統括したという意味であり、自分も若手と同じことしていては駄目よ。

予算取りなんてのは、一見雑用に見えますけど、若手には出来ない部分もある。また、定量的な研究は若さが物言うから、爺がしなくていいんですよ。それより、定性的な部分で意見してくれた方がいい。

つまり、後方支援ちゃんと出来んのは駄目って話やね。
Comment by JosephYoiko
数行で言い尽くせないくらい深い問題を数行で済ませたので、誤解を生んでるようです。

たとえば、若手の助教、講師でめんどうみる研究室の学生が5人のとき、十分なディスカッションの時間は取れるでしょう。自分で実験室で装置を操作して実験できる時間もあるでしょう。
しかし、准教授、教授と昇進し研究室が大きくなり30人40人になれば、物理的に不可能になります。さらに、教授になれば学内外の委員会活動、講演会、予算取り、プロジェクトの推進、などなど時間の2/3は研究以外のことに割かれるでしょう。
こういう状態で自分は研究者だからと装置に向かうことは実質不可能なのです。
ここで、割り切り、あきらめは必要です。

ですから、そういう状態で「研究する」ということは、自分で実験するということではなく、学生を指導して実験させたり、若手のポスドクや教員にアイデア、方向性を示したりと間接的になります。
 
私の知るノーベル賞受賞者で、受賞後も自分でフラスコを振るような時間のある人は1人もいません。
むしろ、研究室に閉じこもるより、ノーベル賞受賞者しかできない社会貢献をすべきだと私は思います。
また、ノーベル賞およびノーベル賞級の研究者はその代表的な仕事は30代のころにされてます。
 
 
子育ても同様です。
結婚すると自由な時間が半減します。
子供が生まれると、さらに半減します。
仕事に割ける時間は独身時代より大幅に減少します。
これは仕方がないことだと割り切り、従来通りに仕事をすることはあきらめるしかないのです。
だから、いかに効率よく、短い時間で仕事をして成果を上げるか工夫できるのが優秀な研究者であることの条件だと思います。
 
Comment by
先ほどのコメント、「じゅんちゃん」からでした。
Comment by じゅんちゃん
私の周りのノーベル賞受賞者は自分で計算しますよ。1967年にノーベル賞を取ったハンス・ベーテという方は90歳を過ぎてもご自分で計算して論文を書いていましたけどね。外国人のノーベル賞受賞者には生涯現役の人が多いし、日本人でも80歳過ぎても現役で計算をしている元学長の大先生も知っていますよ。勿論、論文を書くことを辞めてしまったり、おかしな方向に走る人も多いですが。また、馬鹿みたいに巨大予算を取って巨大プロジェクトを走らせる分野はその限りではないでしょうけど、私の分野ではノーベル賞を取るような人は群れないので自分の腕を奮う余地を残しておくものです。むしろ細部にこそ真実が宿ることがあるので、実際の計算をやらなくなると研究が出来なくなることが殆どです。やたら時間を取る計算等を続けるのは難しくなりますけど、なるべく無駄な予算を取らないようにするとか裁量次第で何とかしておくものです。割り切りなんていうのはただプロジェクトのお金を動かしているだけの二流の研究者でしょう。往々にしてボスは楽になりたいから、学生やぴポスドクに頼るようになるのです。それが運命の分かれ道で二度と現役に戻れません。プロジェクトの一部は子飼いの学生やポスドク、助教に負けないように死に物狂いで頑張るのが正しい研究者の姿と思いますけどね。
Comment by hh
★Shukopapa様、

そうなのですー。捨てられて繁殖したみたいですー★
公園のかたはきっと困ってらっしゃるんだろうなと思います
(^^;;

研究で苦労はさせたほうがいいと思うのですが、研究を行う上で生活に苦労させたくなくて・・・うっうっ・・・
Comment by sachi
★じゅんちゃん様、
★hh様、
★JosephYoiko様、

きっと分野によって研究スタイルも違ってらっしゃると思うのです・・・
たとえば一日中どころか数日カラムを回していなければいけない合成系の実験を、講義も会議も出張もある教授が全て行うことはなかなか難しかったりいたしますし。
また一方、hh様のいらっしゃる計算分野では頭脳一本で研究ができるケースもあり、指導教官の名前が入らず学生だけの単著論文が出るとも伺っておりますし。
それこそ、文学系の研究者様でしたら、本を出すことが重要だったりされるそうですし。

で今の私は・・・
たとえどの分野にいても、自分を慕ってくるスタッフや学生のために、力がほしいです。
多分初めて、巨額プロジェクトを取ってこれる人間になりたいって、思いました。
それが再び、自転車操業(=一度人を雇用するレベルのプロジェクトを取ってきたら、被雇用者が安心して仕事が出来るようにプロジェクトを取り続けなくてはいけないと思うので)の始まりになるとしても。

でも、自分はまだまだそのレベルの研究者にはなっておらず・・・
論文書かなきゃー
。。゛(ノ><)ノ
Comment by sachi
どうもhhさんにはご理解いただけないようですね。
計算で済む分野であれば、90過ぎても自分で論文かけますね。しかし、実験系ではsachiさんもおっしゃるように自分で実験することは極めて困難です。また、研究分野によっては小柴教授のように大型プロジェクトを動かさなければならない場合もあって、それを「二流研究者のすること」と断ずるのはどうでしょうか。それに研究者として「正しい」「正しくない」とはいったい誰が決めるのでしょう。
人それぞれ個性があるように、研究者にもスタイルがあります。何よりも社会に貢献すること、これが研究者のつとめです。そのアプローチに「正しい」「正しくない」はないのです。
Comment by じゅんちゃん
>それが再び、自転車操業(=一度人を雇用するレベルのプロジェクトを取ってきたら、被雇用者が安心して仕事が出来るようにプロジェクトを取り続けなくてはいけないと思うので)の始まりになるとしても。

そうですよね。つらいですよね。
パーマネントの職を得ているありがたさを実感してください。

私は、逆に雇われている立場なので。いくら業績を出しても、あの態度かい!!!と思っています。こっちは色々気を遣って、やりたくもない研究課題をやったのに。。。。。という思いでいっぱいです。暴言はきそうです。

難しいものです。
Comment by たまこ。
★たまこ。様、

そりゃぁもう・・・自分ポスドクでしたから★
最近思うのですが、それぞれがそれぞれの立場で、相手を尊重した言い方で、自分の思いを伝え合うことが必要なんだなぁと。
それができること=交渉力の第一歩、なんだと思うのです。

この交渉力を学生さんに伝えるのがまた難しくて・・・
...( = =) トオイメ
Comment by sachi
あのsachiさん俺が理論系の数学の人だって忘れていませんか?

爺が自分で計算機回すのは、何の自慢にもならんのです。研究スタイルの話でもありません。

僕は応用数学だけど、一人でやれる純粋数学でも、弟子育てないと、意味ないですよ。

日本のアカポスで弟子を全く育てないでいい組織はないし、そんなんIHESでも難しい。
Comment by JosephYoiko
★どこにいるの?様、

お返事が前後してしまってすみません★
サルモネラ菌ついてる可能性高かったんですか…赤子に触らせてしまいました…(爆
Comment by sachi
どうも、意味分からない人居るようなので、補足します。

「第一線にいない」がよく分からないようですね。

言葉を代えると、「主務は何ですか?」になります。
若い准教授が「主務はXXの研究です。」と、実務としての研究をしている旨語るのはいいのですが、爺が同じこと言っては駄目だということです。

あくまで主務は「研究管理」でなければならない。

勿論、その方が優秀なら、余った時間で研究なさるのは自由です。だから、何才でまだ実務やっていようと、それはあまり関係ない訳です。

主務の研究管理サボるのは、有り得ません。

経験が物言う文学でも、第一線でいるのは20年なんだよ。それより消費期限短い理系で、爺がいつまでも第一線に居る意味はほとんどない。
Comment by JosephYoiko
★Training Herz様、

「大人になる」って表現が良くなかったやもしれませぬ★
小説を読んでも実感できなかった気持ちがリアルになるというか…

初めて彼ができた時。
初めて子供ができた時。

と同じ気持ちがしたんです。ふーっと自分が浮き上がり、それまで見えなかった世界が見える感じ。

だから今から歳をとることが怖いです。
大事なものができて大事なものが去っていく、その散逸過程中で形成される自分の心が、去っていくものに流れてしまう不安定モードではなく、自立した美しい定常モードになれのかなって思うと。
今の弱い自分では、無理だと思うので…
Comment by sachi
いろんなブログにおいて見当外れの一方的なコメントをいつもまき散らしているJosephYoiko氏は、どうしてそんなに自信満々なんだろう?

・・・ってここに書いても仕方ないか。
Comment by なんだかな〜
補足ありがとうございますm(。。)m

「実感できなかった気持ちがリアルになる」
とても解りやすかったです
そう考えると「大人になる」が解りました^^

大事な物が安心して去っていくのは難しいんですね・・

去るものの成功を自分が不安定になるほど願うってコトかなー って想像してました^^;
そうでなくても、大事なものが去るのは辛いすね


Comment by Training Herz
★JosephYoiko様、

きっとhh様も、弟子を育てること自体は否定されてらっしゃらないのではないかと★
自分、JosephYoiko様のおっしゃることが良く分かる立場になりました・・・研究「管理」が仕事だったんだなぁと思うと、去年の学生さんには本当に申し訳ないことをしたと
...( = =) トオイメ


★なんだかな〜様、

えぇっとJosephYoiko様の辛口芸風は、それなりのご経験とお立場のゆえんであると思われ
(^^;;


★Training Herz様、

大事なものが去っていく=死別、だと思っていて・・・
お互い生きていればどうにでもなるのですが、命にはどうしたって限りがあるので。

限りがなければ、人間って、退屈なんでしょうねきっと★
Comment by sachi
俺に文句あるなら、俺の所で暴れたらどうですか?

関係ない人巻き込むなよ低脳。

馬鹿相手用のエントリー作っておいたから、参照urlの所に来い。
Comment by JosephYoiko
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