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博士号、の意味2

熱が下がったら、眠り方を忘れたらしく。
今朝の5時までベッドの上でぐずぐずしてた、The自律神経失調症の管理人です。
どうせならトリノ見ればよかったー。(。´Д⊂) ウワァァァン!!



えーと。

えーと。

えーと。


自分の今後も覚悟して書いた、「博士号、の意味」にたくさんのご意見をいただき、本当にありがとうございました ペコリ(o_ _)o))

自分としては、教育”する”側の方に「もっとちゃんと教育しませんか?」と投げかけたつもりだったのですが。
その結果、「楽に博士課程を取得してしまう学生も苦しんでいます」と言う、学生さんからのコメントもいただきました。


改めて思うに・・・


自分は、科学者として生きていく方法を学ぶには、かなり恵まれた教育環境におりました。
論文執筆の授業。プレゼンの授業。研究費申請書の書き方の授業。
自分の学科にはあまりなかったのですが、他学部・他学科へ顔を出し、学んでまいりました。

論文執筆の授業なんて、特に嬉しかったですねぇ。
半年間、その授業用のレポートをまじめに出してたら、本当に、
レター一報分、書きあがりましたからねぇ。

もしかしたら、そういう授業がある大学の方が、少ないのかもしれません。



だとしたら、何か、変だと思いませんか?



だってね?
お国はね??

「院に行く人数が少ないなら、君の大学にはお金出してあげないよーん」、とは言うけどね?
科学者として生きていくのに必要な、「論文の書き方」「プレゼンテーションのやり方」を教えるかどうかは確認してない・・・ってことになりますよね。



たとえば。保育園の認可って。
その保育園に何人集まるか、で与えてるんですかね?
その保育園が、どれだけきちんと保育できるか、で与えませんか??



なんか・・・
根本的に間違ってるのかしら私の考え方 orz




お国によって指導事項は決まっているけど、先生方によって論文の書き方が違ってもめるから各先生に任せるところが多くて、さらに先生によってはめんどくさいから学生に教えない、とかいう、なさけなーい連鎖だったらどうしやう




<・・・この後、さらに突っ込んで書いてたら、国から大学へ渡すお金のお話になってしまいました。4月になれば自分自身が渦中へ入りますので、それからまた書かせて頂くことにいたします>


追記 私の文章を読んで苦しめてしまった学生さんへ、私のできる範囲で論文作成術についてお伝えしようと思い、少々長めのコメントを「博士号、の意味」に書いてみました。
もしお役に立ったら嬉しいです(・´ω`・;A アセアセ





院生の方に「出産・育児中断しても研究者に戻れる道がある」とお伝えしたくて、日記(大学生)部門へ一部移りました。
タイトルの下に該当記事が出る間だけの出張です。
大激戦区なので、院生の方の目に付くかどうかは、本当に皆様のお心しだいです。
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コメント

茨の道を歩くんだね。ならば、応援しよう。茨の道は、つまり正しい道だからだ。
Comment by どこにいるの?
博士号の意味どころか、研究が嫌いになったM1です。
研究室の大ボスと小ボスの闘争に巻き込まれちゃいました。。。

>自分としては、教育”する”側の方に「もっとちゃんと教育しませんか?」と投げかけたつもりだったのですが。

どんどん投げていってして下さい。
「研究ができる=教育者に向いてる」では絶対にないと思います。
だからこそから、意識改革が必要なのでは??と考えたりして。

>さらに先生によってはめんどくさいから学生に教えない、とかいう、なさけなーい連鎖だったらどうしやう

多分なさけない連鎖はものすごく近いところに。。。

sachiさんに期待してます☆
Comment by
上のコメントは私のです。
名前書き忘れました(汗)
Comment by 権太
えーっと、小中高大院と行く中で、教師と学生の関係は前者dominatから後者activeに移る訳ですが。。。

逆に小中高大院に行くにつれて、教科や教科書の多様性、先生の教育姿勢の多様化が許容されるわけで。。。

子育てと同じく、どこまでを親が教え、どこまでを子供が吸収して行くかは、まちまちで。。。

大学は、設置基準(寄付行為)や学校教育法(学則)、学校会計基準(会計)を満たしていれば認可されるわけで(大綱化)、学部、学科の改組なんかも最近は生き残りで頻繁で、but、所詮、教員は同じ人がやるわけで(非常勤講師頼みのところも多いですがね)

院なら全国一律でなくて、基本はブティックで、どこどこ先生の研究室は1000点だが、○○先生は600点とか出てくるのは当然で。。。

おっそうだ。大学院の研究室別(教員別)偏差値なんかつけたらヒット商品になるかも。。。おっとビジネスネタを撫養公開してしまった。。
Comment by スーパーTS
おはようございます
サチさん・・ お風邪だったのですか!(・・;;
お大事にネ。。^^
私の出たところも・・ 論文の書き方やプレゼンの仕方までは指導教官に一任でしたね・・ (・・
いい先生に付ければ色々教えていただけるけれど
そうでない先生に付いたらねぇ・・(^^;;
やはり全国の大学について、その教授内容がどうなっているかまでは、キチンと把握するのは大変そうだし・・ 
どうしても人数によっての予算割りに、重点が置かれてしまうのかもね・・ (・・;
そこで色々な教官の質にカナリ違いが出ているため
確か・・ ウチの大学では私が辞める一年前位から、生徒による教官の評価がなされてましたね・・ (・・
まだそれはキチンと軌道に乗っていませんでしたが(^^;;
キチンとした評価って・・・ 難しいのでしょうね・・(・・
あ!あと。
「出産・育児中断しても研究者に戻れる道がある」って
いいお知らせを見せていただきました。^^
研究職に戻るには子供がある程度大きくならないと、本格的には無理なのかもですが・・ (^^
こういう支援制度嬉しいですね。。
Comment by 天のがわ
>sachi様
はじめまして。こう仰る先生もいます。
http://ckido8.yz.yamagata-u.ac.jp/pc/kido_my_sanken.htm

junkoさんがらみで、私の知っている醜い例ですと、強制的に博士課程まで進学させる教授がいました。その人が、教授になってからの6年間の進学率は100%。教育方針は、言うことを聞け的なワンマン。○○学会に論文を出すから、明後日までに提出してくれ、と急に言われたり、論文を添削なしで提出させたり。

学生側からすると、教授がどういう人なのかは、授業を受けている程度では分からなく、研究室に入らないと分からないんですよねえ。人格的に破綻した人を排除できるような自浄力が、うちの学科にあればよかったのですが。そもそも、当時の教授陣から不評の助教授であったにもかかわらず、教授に昇進させたようなんですよ。

ところで、私大の理工系ですと、教官1人で20人近くの学部生・院生を受け持ったりしますよね。何人くらいが、sachiさんの理想でしょうか?


>スーパーTS様
はじめまして。
こういう風に研究者を紹介しているところがあります。
http://www.kawai-juku.ac.jp/sci/
Comment by トランパー
トランバーさま

「単なる独り言」面白いですね。18才人口が減るのにボコボコ新設大学や新設学部ができるのは、ひとつは経営者の欲ともう一つは文部省等の天下り先の確保という官民談合の気もしますが。

大学がNEET,FREETER予備軍の受け皿というのは事実でしょうね。
それから、実社会に適合できない(役立たない)研究者の失業対策というのもかなり頷けます。

いやー、我が子の将来の教育はどうしたらよいか、頭が痛いです。

Comment by スーパーTS
>たとえば。保育園の認可って。
>その保育園に何人集まるか、で与えてるんですかね?
>その保育園が、どれだけきちんと保育できるか、で与えませんか??

うちの子は幼稚園なので、保育所のことは詳しくは分かりませんが・・・。
(幼稚園の管轄は文部科学省、保育所は厚生労働省)


保育園の認可は人が集まるか、ではなく
いくつかの要件をすべて満たした園にのみ与えられています。

・各年齢別に個別の教室が用意できるか。
(寝たきりの乳児と元気な就学前の子供を
同じ部屋で保育しない)

・床面積このくらいの園には、このくらいの広さの
外遊びするスペースがあること、とか。

・保育士1人に対して、子供を預かる人数の上限も
あります。
また子供1人に対して、これくらいの床面積が
必要とかの規定もあるようです。

ですから、預かる人数に限りがある認可保育所は
いつも待機児童がいる状態なんですよ。

認可がなくても保育園は作ることが出来るんです。
無認可の多くは、床面積や保育士の人数、外遊びの有無に
関係なく子供を保育しています。

私が知っている限りでは、かなり子供にとっては
条件の良くない園もあります。
寝たきりの乳児は年長の子にに踏まれないように檻に入れるとか。

働く女性が出産するためには、認可保育所の待機児童問題をどうにかすることが先決ですよね。

あと病児保育の充実も。
子供が風邪をひいた位で簡単に仕事を休めないでしょう?
うちの園では、37.5度を越えると職場にまで電話してきます。





Comment by こまち
日本の心太式教育はもう限界でしょう・・

一時アメリカで話題の学位工場と変わんなく

なりますよねえ?

間口は広く卒業は厳しくでいいはずですもん
Comment by パンダ大元帥
初めまして!
巽さんのところから来ました。
メシダと申します。

私自身、博士課程在学者ですので、このテーマと皆様のコメントを興味深く読ませていただきました。
様々な立場で悩み、苦しんでいる方がいらっしゃるんですね。

sachiさんの出身大学では論文執筆、プレゼン、さらには研究費申請書作成の授業まであったのですか!
なんて、うらやましい!!
私は博士課程の指導教官に、直接教わっています。
私は幸い、指導教官の指導に大変満足しています。
しかし、私の専門である分子生物学系分野では、大多数の博士取得者は、科研費申請書類作成法など知らずに卒業していってしまうのが、現状だと思います。


「博士号」については、様々な角度と立場での意見があると思います。
私も、sachiさんの「科学者は様々な社会的自覚が必要だ。科学者は世界平和にも貢献できる」とのご意見に大変意共感いたしました。


私は、先生方には「ご自分の成果を追うだけの近視眼ではなく、科学の未来を見通した広い視点に立って研究生活を送ってください」とお願いしたいと思います。
(それができたら、下が苦労しないか・・・)
そして、後輩たちには「単に実験が好きだから研究者になる、という次元ではなく、人類の発展のために科学的真理を探究する、さらには科学者の連帯で世界平和に貢献するぞ、というスケールの大きな人になってね」と言いたいです。
(自分自身、こうなりたいです。)


よろしければ、私のブログで紹介した「ノーベル賞受賞者を囲むフォーラム・21世紀の科学はどうなっていくか?」を見てみてください。
http://mesydaivan.blog47.fc2.com/blog-entry-8.html

21世紀の科学がどうなっていくかは、若い研究者次第。
だから、若い研究者を教育していくしかない、との結論です。
「教育」の中身ももちろん大切ですが、この「自覚」から出発しなければいけないと、私は思っています。

長文、失礼いたしました!





Comment by メシダ
昨日早朝,フィギュア女子決勝を見て,一方今朝は10時まで寝てた,「一人勝手にジェットラグ」なcharlieです♪ちょいと壊れ気味です♪

…と,それは置いといて。

私の場合,表の主指導教官(D2〜)はご自分でも言ってらっしゃいますが「研究者というよりも教育者」,影の主指導教官(〜D1)はばりばりの研究者で,教育者としてはどうなんだろうっていうのは,ここだけの話。でも2人いるから,私みたいなのでも博士号目指せてるんだろうって思ってます。
でも,一番大事なのは,「学ぶのは自分」ってことなのかもしれませんね。博士号取得者と言っても実際にピンキリ。与えられることをこなしているだけではキリ(で合ってる?)の博士にしかなれないんだと思います。私は能力的なことからピンの博士にはなれないと思ってますが,それでもキリの博士にはならないぞと,今後も切磋琢磨していくつもりです(笑。
Comment by charlie
幸いにもワタシの周囲には教育を放棄する先生はいなかったのですが、そういう、はちゃめちゃなことをする方もいるんですね……。そうならんようにしないと。

自分のいうことを聞くテクニシャン(むしろサイボーグ?)的な博士を量産する阿呆。
でも一方で、「そういう出来上がったレール」に乗って博士を取ってまえーいう阿呆も多い。

どこかでばしっと、一気に改革できないもんですかねえ。
というか、Ph.D.の資格の名前だけが1人歩きしてる現状がダメなのか……orz

そういやトランパーさんのコメントで思い出したのですが、工学系の私大、ワタシの知っているところでも50人くらい(職員2人だか3人だか)を抱えていて「えええー!?」思った覚えが。ほとんどは学部生で、修士は数人、博士は1人とか2人という組成だったと思いますが。sachiさんとこはどうなるのでしょうかー
Comment by
私の大学でも「論文の書き方」や「プレゼンテーション」の講義はないですね。私は昨年の秋に大学に赴任したのですが、赴任後はじめての講義をする際に、学生に聞いたら、研究室でも教育されていないって言っていました。
ということで修士の授業の中で、勝手に、「論文の書き方」や「プレゼンテーション」の講義をしちゃいました。まあ、修士の講義なので、何をやっても大筋から外れなければ、お叱りは受けないので。そこで、「講義名」に関する論文を調べて1時間くらいプレゼンしろ、という講義をしました。さらに余った30分で、論文の書き方をレクチャーしました。なかなか評判は良かったようですよ。特に彼らの注意を引いていたのは、「投稿論文が採択されるまでの道のり」的な話をしたときのようですね。sachi様も試して見られてはいかがですか。やったモン勝ちです。
Comment by moomoo
またまた、失礼します。私は修士なんで、だいぶ趣旨がずれてる気もするんですが、とても共感することが多くて。。。
修士の授業で「プレゼン」や「論文の書き方」の講義なんて、うらやましい限りです。
うちの専攻は、先生が自分の専門分野をただ喋ってるだけの学部よりひどい授業なもので。
てか、研究室の教官は、授業で実験抜けるのもいい顔しないんで、最低限しか取れないですよね。(とりたい授業もないけど。)
大学は教育の場なんだから、学ぶために時間を割く権利、あるんじゃないかなと思うのですが。

指導者の皆様はどうお考えになるのかちょっと気になります。

Comment by
またまた、失礼します。私は修士なんで、だいぶ趣旨がずれてる気もするんですが、とても共感することが多くて。。。
修士の授業で「プレゼン」や「論文の書き方」の講義なんて、うらやましい限りです。
うちの専攻は、先生が自分の専門分野をただ喋ってるだけの学部よりひどい授業なもので。
てか、研究室の教官は、授業で実験抜けるのもいい顔しないんで、最低限しか取れないですよね。(とりたい授業もないけど。)
大学は教育の場なんだから、学ぶために時間を割く権利、あるんじゃないかなと思うのですが。

指導者の皆様はどうお考えになるのかちょっと気になります。

Comment by
ごめんなさい、sachiさん。
PCの調子が悪くて、二度コメント送信した上に名無しです。
Comment by 権太
プレゼンテーションの手法は、数年前から小学校の3年生から総合的な学習の時間で系統的に指導されているはずだよね。第一号生は、まだまだ大学生になってないだろうし、指導する先生たちも自分たちがそんな教育を受けてこなかったわけだから、後10年はかかるだろうな。欧米に遅れること30年。いや70年か。でも、日本人のことだから無理矢理20年遅れにまで追いつくに違いない。
Comment by どこにいるの?
★ sachiさま・どこにいるの?さま

すぐ上の「どこにいるの?」さまのコメントを受けまして・・・。
ワタシには小学生の子がおるのですが、先日授業参観に行きましたら、プレゼンの授業でした。
たしかに、昨年あたりから、授業参観にプレゼンが行われているな、と思っていました。今回は親からの質疑応答を受ける時間もありました。自分の意見を発表すると言うよりは調べた事を述べるに留まる子が多かったですが、こういう勉強はいいですね。

翻って親であるワタシですが、レポートの書き方や、論文の書き方は自分で勉強しながらやるしかなく(頻繁に指導を受けに行かれないなど。。。)久しぶりにレポートを書かなければいけない立場になって、書き方を指南した本を購入する始末です。
ワタシも小学校の時からこういう訓練を受けていたら、少しはマシなレポートがかけているに違いない・・・と、自分の不勉強を棚に上げて言ってみる(爆)

Comment by piaopeng
まだまだ続く,博士号,の意味。
議論がバージョン2で少し進んだよう。

sachi様は,茶道も嗜まれるそうですから,守破離はご存知のはず。教育でも,守破離が基本だと言われています。
「守」の段階で,しっかりと基礎力を身につける。その中に,英語で論文を書くとか,プレゼンテーション力をつける,研究費の申請書の書き方もあるでしょう。
「破」では,これまで指導教員の言うとおりにやってきたなかで,少しでも自分なりの創造性を働かせてみる。それができれば,次の段階,指導者からの独立,「離」です。このように考えると,当然,学位(博士号)を取得した後は,「離」です。

ところが,一部の指導教員はこのステップを無視した指導をすることによって,質のばらばらの博士を排出(輩出ではない)することになる。

また,学生の方も,守破を飛び越えて,離をしたがる。

和風にやれば,守破離ですが,欧米にも多くの教育システムが30年ほど前から開発されています。日本では,一部の人がそれらのキャッチアップに取り組んでいる段階です。しっかりした大学では,組織的に取り組んでいるところがあるように聞いています。おそらく,sachi様の出身大学もその一つかもしれません。
「どこにいるの?」さんがおっしゃるように,日本では,まちがいなく30年は遅れています。

もう一つの問題点として,ここに登場されるほとんどの博士課程の若い人たちは,研究者になることを目指していますが,アカデミックに進めば,人を育てる仕事をすることになるということに言及していないように思われることです。残念です。

大学に赴任される前に,研究ばかりでなく,博士育成の教育にも議論を投げかけていらっしゃるsachi様にはエールを送りたいと思います。
Comment by Caryophylli
まだまだ続く,博士号,の意味。
議論がバージョン2で少し進んだよう。

sachi様は,茶道も嗜まれるそうですから,守破離はご存知のはず。教育でも,守破離が基本だと言われています。
「守」の段階で,しっかりと基礎力を身につける。その中に,英語で論文を書くとか,プレゼンテーション力をつける,研究費の申請書の書き方もあるでしょう。
「破」では,これまで指導教員の言うとおりにやってきたなかで,少しでも自分なりの創造性を働かせてみる。それができれば,次の段階,指導者からの独立,「離」です。このように考えると,当然,学位(博士号)を取得した後は,「離」です。

ところが,一部の指導教員はこのステップを無視した指導をすることによって,質のばらばらの博士を排出(輩出ではない)することになる。

また,学生の方も,守破を飛び越えて,離をしたがる。

和風にやれば,守破離ですが,欧米にも多くの教育システムが30年ほど前から開発されています。日本では,一部の人がそれらのキャッチアップに取り組んでいる段階です。しっかりした大学では,組織的に取り組んでいるところがあるように聞いています。おそらく,sachi様の出身大学もその一つかもしれません。
「どこにいるの?」さんがおっしゃるように,日本では,まちがいなく30年は遅れています。

もう一つの問題点として,ここに登場されるほとんどの博士課程の若い人たちは,研究者になることを目指していますが,アカデミックに進めば,人を育てる仕事をすることになるということに言及していないように思われることです。残念です。

大学に赴任される前に,研究ばかりでなく,博士育成の教育にも議論を投げかけていらっしゃるsachi様にはエールを送りたいと思います。
Comment by Caryophylli
ごめんなさい。↑不手際により,2度送ってしまったようです。
Comment by Caryophylli
ごく最近、このブログを発見しました。

私は、(おそらく)sachiさんと同じ大学を出て、(おそらく)sachiさんと同じ研究所に6年ほどいて、それから大学(旧帝大)で研究グループを持ちました。境遇としてはsachiさんとかなり似ているような気がします。分野は違うようですね。年は私の方が少し上かな。

さて、そんな私の率直な感想も参考になるかと、書いてみることにします。博士号を取る院生は自分で論文を書くべきなのですが(指導教官はそのように指導すべきなのですが)、”これはたやすいことではないとだんだんわかってきた”ことについてです。

誤解を恐れずにあえて言うならば、それは将来PIとして自立していくくらいの能力と気概と気合を持ち合わせている学生にのみ期待できます。それ以外の学生については、私主導で書いた方がいいのではないかとさえ最近は考えています。(もともとは私もsachiさんと同じような考えでおりましたが。)

それは英語云々以前の問題が大きいのです。学生が10人いたらそのうち9人は、まず日本語ですらまともなテクニカルライティングができません。(頭がいい悪いの問題ではありません。明らかに教育の問題ですね。論理が支離滅裂で直しようもないのが普通です。)学生主導で論文を出すには、実験終了後、論文執筆のみに1年ぐらいかけ、100回ぐらい添削する覚悟が必要です。

そうなると、われわれの分野(バイオ)では、本人にとってすらマイナスの方が大きい気がします。いい結果でもいい雑誌に載らなければ評価されませんから(つまり、良く書けている論文を早く出すことが求められます)、その後の本人の進路のことを考えるとこんなことをやっていていいのか、と考えてしまうわけです。私の方としても、もっと教育的配慮をすべきとは思うものの、いい結果であればあるほど早くいい雑誌に載せたいというジレンマがあります。

将来PIとして自立していくであろう学生も、もちろん最初は書けませんが、それでも問題意識が高いせいか論文執筆訓練に相当な努力をします。他の学生が1年ぐらいかけるところを、数ヶ月ですませます。

私はこれで良いとは思っていませんが、正直こんなところなのです。sachiさんが今後いろいろな学生を持ってみて、どう考えていかれるのか興味がありますし、なんかいい考え方があったら教えていただきたいですね。

Comment by Chl
ごく最近、このブログを発見しました。

私は、(おそらく)sachiさんと同じ大学を出て、(おそらく)sachiさんと同じ研究所に6年ほどいて、それから大学(旧帝大)で研究グループを持ちました。境遇としてはsachiさんとかなり似ているような気がします。分野は違うようですね。年は私の方が少し上かな。

さて、そんな私の率直な感想も参考になるかと、書いてみることにします。博士号を取る院生は自分で論文を書くべきなのですが(指導教官はそのように指導すべきなのですが)、”これはたやすいことではないとだんだんわかってきた”ことについてです。

誤解を恐れずにあえて言うならば、それは将来PIとして自立していくくらいの能力と気概と気合を持ち合わせている学生にのみ期待できます。それ以外の学生については、私主導で書いた方がいいのではないかとさえ最近は考えています。(もともとは私もsachiさんと同じような考えでおりましたが。)

それは英語云々以前の問題が大きいのです。学生が10人いたらそのうち9人は、まず日本語ですらまともなテクニカルライティングができません。(頭がいい悪いの問題ではありません。明らかに教育の問題ですね。論理が支離滅裂で直しようもないのが普通です。)学生主導で論文を出すには、実験終了後、論文執筆のみに1年ぐらいかけ、100回ぐらい添削する覚悟が必要です。

そうなると、われわれの分野(バイオ)では、本人にとってすらマイナスの方が大きい気がします。いい結果でもいい雑誌に載らなければ評価されませんから(つまり、良く書けている論文を早く出すことが求められます)、その後の本人の進路のことを考えるとこんなことをやっていていいのか、と考えてしまうわけです。私の方としても、もっと教育的配慮をすべきとは思うものの、いい結果であればあるほど早くいい雑誌に載せたいというジレンマがあります。

将来PIとして自立していくであろう学生も、もちろん最初は書けませんが、それでも問題意識が高いせいか論文執筆訓練に相当な努力をします。他の学生が1年ぐらいかけるところを、数ヶ月ですませます。

私はこれで良いとは思っていませんが、正直こんなところなのです。sachiさんが今後いろいろな学生を持ってみて、どう考えていかれるのか興味がありますし、なんかいい考え方があったら教えていただきたいですね。

Comment by Chl
論文執筆の授業。プレゼンの授業。研究費申請書の書き方の授業。
ですとぉぉぉぉ??!!

アッシはそんな恩恵には一度もあずかったことないっす
こーゆーのんは全て口伝でやるもんかと思ってましたが、英語プレゼンとか論文の書き方ハウツー本があれだけ売れてること考えると、ちゃんと教えてくれる講義があっても確かにいいような気がしますね
Comment by ぺん太
★皆様、

すばらしいお話をいっぱいありがとうございます☆
また、初めての方も書き込んでいただいて、とてもとてもありがたいです。よろしくお願いいたします
m(_ _)m


>「院なら全国一律でなくて、基本はブティックで」byすーぱーTSさま

あぁそうかんがえると、工学部と医学部の博士号の違いは、ファッション系とステーショナリー系くらいの違いがあってまとめちゃいけないんじゃないかと思い始めた今日この頃です・・・orz


>何人くらいが、sachiさんの理想でしょうか?byとらんぱー様

はじめましてです♪
理想論で言えば・・・とあるリーダーシップ理論によれば、一人の人間が完全に把握できる部下の数は3人なのだそうです。
少ないですよね汗

ちなみに自分の場合はいきなり5人もつことになりそうですが、今抱えてるプロジェクトをひとつずつ割り当てればいけそうです(ほんとか?)  >巽 さま


>修士の授業で「プレゼン」や「論文の書き方」の講義なんて、うらやましい限りです。by権太様、関連ペン太さま、

あ、えーと。
正確にはこれ、博士過程用の授業です(もぐりこんた私は当時修士のときもありましたが^^;)。
思うに、ペン太先生がいらっしゃる大学でしたら、どこかの学部には類似した授業があると思いますー。
さがすとねー。結構あるんですよ♪


>それ以外の学生については、私主導で書いた方がいいのではないかとさえ最近は考えていますby Chlさま

はじめまして、よろしくおねがいいたします。
個々人の道に沿って必要なスキルを教えるのが教育だと思いますので、博士号を取得しない人間については、同意いたします。

でも・・・
博士号を取得している人間については、すくなくとも自分のいる科学者コミュニティでは、英語の論文が書けるのが前提です(企業の方でも、アカデミックの方でも)。
ですので、自分は、博士号を授与するのであれば、論文が書けるように指導したほうがよいのではないかと思います。

で・・・
現在競争の激しいバイオ分野では時間がかけられないというお話ですが。
なおさら論文の書き方用講義を作ってしまったほうがよい気がするのですが。
それは難しいのでしょうか・・・?

# 学内政治の話になってしまいそうですね汗
Comment by sachi
初めまして。ラスカルと申します。
某大学医学部で研究職派遣として働いている者です。
ブログランキングで見つけ、何度か拝見しておりました。
「博士号、の意味」「博士号、の意味2」と興味深拝見させて頂きました。皆様のコメントも大変勉強になりました。
私の職場でも同じようなことが起こっています。
人手が足りないため、留学生をとり、「留学生だから」という理由で和文も英文も教授が書いています…。
1派遣社員なので、口出ししません。いえ、元々、口出しする勇気なんてありませんが(^^;)
sachi様にはぜひ頑張ってほしいと思います。

後、リンクさせて頂きましたm(_ _)m
Comment by ラスカル
★ラスカル様、

はじめまして&リンクありがとうございます♪

”留学生をとり、「留学生だから」という理由で和文も英文も教授が書いています…。”

そ、それはどこの国の留学生かがかなり気になるところですがっ・・
(英語圏でないことは確か)
Comment by sachi
sachi様
ここの研究室の留学生は中国からの留学生です。
他の研究室では中南米やアフリカから来ているそうですが、
子育てがどうとかで実験もしない留学生もいるそうです。ですが、中南米やアフリカだと英語圏の国も多いですよね…?
Comment by ラスカル
人文系のODですが、うちも論文作成の授業はなかったですね(日本語が多いし)。プレゼンも機会は多かったですが、「分かりにくいよ!」と指摘されることはあっても、「プレゼン作法」みたいな感じで【教わる】ことはなかったような。

うちの場合は、論文作法でもプレゼン作法でも、基本は先輩や同輩の意見を聞いて修正していく方式でした。これはこれで良き伝統だと思いますが、院生間での人間関係のぎくしゃくが起こったりすると、機能しなくなる点がちょっと問題ですね。
Comment by 中山
★中山様、

ODと言われるとOverDoseと思ってしまう私ですがっ。
私の研究室でも、伝聞系でしたねー。
そういう講義を受けようと言う人間と、講義の存在そのものを知らない人がいましたので(・´ω`・;A アセアセ
Comment by sachi
偶然このブログを見つけました。

ボスの方針とは言え、論文を書けない博士を何人か輩出してしまった身としては複雑な思いです。

こうして色々な人のブログを読んでいると、これから先、自分が独立した時にどう振る舞うべきか、考える参考になります。

ところで、私はサチさんとごく最近お会いしたんですよ。今後もお目にかかる機会があると思います。その節はよろしくお願いします。
Comment by Makkurikuri
書き忘れました。
よろしければリンクさせてください。
Comment by Makkurikuri
★Makkurikuri様

がーん!
お会いしたんですか?
そのとき私はちゃんとコンタクトでお洒落してたんでしょうかっ・・・(おろおろ

これから普段からもちゃんとおしゃれにします(反省

リンクもちろんOKです♪よろしくお願いいたします♪
Comment by sachi
はじめまして、私は一般企業の平社員なのですが、
縁があって、ある学会の委員として活動などもしております。
学会でご一緒する人は、多くの方が博士号を取得しており、
私に対しても、学位の取得を勧めてくれます。
しかし、彼らの語ることや行動から得るものは少なく、
英語の論文以前に、「博士」そのものに疑問を感じる日々でう。
もちろん、すばらしい研究者いますし、尊敬もしています。
私は大学も出てないですし、まともに研究をしたこともないので、
そんな人間が、研究について語るのはおかしいのかもしれませんが、研究って何なのでしょうか。
研究の先に、自己満足だけでなく、社会の幸せを求める研究者は育っているのでしょうか?
そのために研究している人は、どのくらいいるのでしょうか?
研究者に憧れ、期待しているからこそ、根っこの部分の夢や目標に対する考え方が、とても気になってしまいます。
テーマとは違うコメントですみません。
失礼いたしました。
Comment by maruo
★maruo様、

はじめまして☆

「彼らの語ることや行動から得るものは少なく、英語の論文以前に、「博士」そのものに疑問を感じる日々」

本質ですねー。
maruo様が具体的にどんなものを得たかったのかが分かりませぬが、こういったお言葉をじゃんじゃんいただければ、科学者社会が変わると思います。

問題は科学者側が象牙の塔に閉じこもり、”聞こうとしない”ことかもしれませんが。
そんな日本の科学者側の体質も、少しずつ、変わりつつあります。


「研究の先に、自己満足だけでなく、社会の幸せを求める研究者は育っているのでしょうか?」

少なくとも自分はそうですが・・・そうではない研究者が多いこともよく分かっております。
”自分がやりたいからやってるんだ”と明言してはばからない研究者も非常に多いと思います。

そういう方にとっては、科学はフィギュアスケートといっしょなのかもしれません。
自分がやりたいからやっている。そのプロになり、周りに楽しんでもらう。
その価値観を全否定することは、私にはできません。

しかし、現在の日本のアカデミックでの科学では、そこには国民の税金、学生さんの学費がつぎ込まれます。
そのことをアカデミックの科学者は忘れてはいけないと思います。
ので、私は、そういった方には「本当に自己満足”だけ”で研究者をやりたいなら、科学が貴族の趣味であった頃のように、自分のお金でやっては?」と言うようにしています。
そう問いかけることで、自分たちがやっている研究の本当の意味を自覚してもらえたらと思っています。

そして・・・
”社会の幸せが何か”というのは根源的な問題だと思っています。
国民の幸せのために、文明の進化をとめた国もあるそうです byあいのり。
その国の価値観では、技術そのものが必要ではなくなる。

でも。わたしは。
爪も牙も持たない人類が、唯一持っている武器が、科学・技術だと思っています。
世界規模で起こっているさまざまな問題に、われわれはこの武器を利用して立ち向かはなくてはいけない。
そのために、われわれは科学・技術の進歩を止めてはいけないし、と同時に、科学・技術の使い方も学ばなければいけない。

ここから先は私の感性ですが、今の人類は、後者・・・科学・技術の使い方があまりに未熟すぎる様に感じます。
”政治”が、科学・技術の正しい使い方を邪魔するときが多々あるのです。
社会性動物である人間の限界、なのかもしれませんが。。。

そんな限界を超えるためにも、”理系”と”文系”がミックスして、多様な価値観を知り合うことが重要だと、私は思っています。(さいごあまりに長くなるので論理飛躍)

長文失礼いたしました m(_ _)m
Comment by sachi
sachiさまへ

早速のコメント、ありがとうございます。
少し正体を明かしますと、私はコンサルタントをしております。
なので、研究者とも多少のお付合いがあるわけです。
私が尊敬する研究者は、自らを基礎学問のための存在と位置づけており、直接、社会に役立つことをしている人ではありません。
一方、私が否定敵に見ている研究者は、直接的な社会貢献をしており、学会でも一定の評価を集めています。
なぜ、私がこのような評価をするのか、それは彼らの人間性に対する評価なのかもしれません。
客観的に両者を見ると、二人とも「社会の幸せ」を目指していることは共通しています。それは尊敬していますし、評価しています。
前者は「社会の幸せ」のために、多様な価値が認められる社会をつくろうとしています。
後者は、多少の反対があろうとも、自らの信念を曲げずに理想の実現を図ろうとしています。
長い時間をかけてつくられてきた社会、「今しなければならないこと」もたくさんあるでしょう。しかし、それは強引にやっても定着しないでしょう。緩やかに、心に訴える動きが本当の変化を呼ぶことは、歴史的に見ても明らかだからです。
今しなければいけないからこそ、理解を得る必要があるのに、力でそれを曲げることを、私は認めることができません。
ある意味で、コンサルティングという営利活動も、私には向いてないのかもしれませんけどね。でも、NPOは嫌なんです。頑張った人が損をするので(笑)。

かつて「暮らしを科学することが我々の役割だ」と上司に言われたことがあります。
私は、自らの行動に答えを求めていません。大きな意味で「社会の幸せ」のために活動を続けることで、ちょっとずつ結果を積み上げることができればいいと思っています。
もしかしたら、研究活動とは考え方が異なるのかもしれませんね(それすらもわかりませんが…)。

長文駄文、失礼いたしました。
Comment by maruo
★maruo様、

ん・・・?
拝読しておりますと、かなり具体的に事例があるような・・・??

ある強引な手腕を持った方により周囲に影響があり、maruo様が巻き込まれてしまったのでしょうか汗?


”NPOは嫌なんです。頑張った人が損をするので(笑)。”

NPOをかじっていた自分としてはよく分かるご発言です(わはは
でもでも、NPOをやる理由が真に問題に関する働きかけだと考えれば、向いてらっしゃるのかもしれませんよー?
Comment by sachi
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