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博士号、の意味

大激論になってしまうかも、自分の将来に影響あるかもと思いつつ、書かせていただきます。


ポスドク一万人計画のせいなのか。
最近では、自分で英語論文を書いたこともない科学系ポスドク、がいるそうです。

様々なしがらみの中。
指導教官は、自分の学生に「とにかく博士号を取らせなきゃ」との思いから、教官自らがその人の名前で英語論文を書き、業績を与え博士号を授与します。
そんな博士号取得者がポスドクになり、一部の方は高級テクニシャン(エッチな意味じゃないですよ、実験補助者という意味です)として勤務されているようです。


が、正直私には・・・理解できません。


そうせざるを得なかった、とおっしゃるんだと思いますが・・・それでも理解できません。


博士号というのは日本だけではなく、世界共通の資格です。
「この人は博士号を持っている」と言われれば、少なくとも私の知っている科学者社会では、専門の事柄について世界レベルでディスカッションできる人だと判断します。
英語もかけない、英語もしゃべれない、プレゼンもできないと「開き直る」博士を育てて良いのでしょうか?



アメリカが、誤った理由で、国連を振り切ってイラクを攻撃した頃。
私は、ある国際会議に出席していました。
そこにはアメリカ人も、アラブ人も、日本人も中国人もイギリス人もインド人も、国籍を問わずいらっしゃいました。

空爆はこれこれで成功した。
どこの国は派遣を決めた。
どことなく沈んだ、よそよそしい雰囲気の中で。


乾杯の挨拶。


「世界が戦争になろうとも、
国境を越えて共通の問題に取り組む、
科学者コミュニティに乾杯!」



博士号は、世界の科学者コミュニティへのパスポートです。
少なくとも私はそう思っています。




ブログで人生潰す気か、という先輩の声が聞こえてきそうですが。私は、真に教職者であれば、話せば分かってくださると信じています。相変わらず不器用な私に、もしよろしかったら応援を・・・↓
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sachi * 日記:研究 * comments(137) * trackbacks(15)

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コメント

>最近では、自分で英語論文を書いたこともない
>科学系ポスドク、がいるそうです。
そうですか。理系白書にご意見を書かれていたのはこういう背景もあったのですね。
http://spaces.msn.com/rikei/blog/cns!B2DB7723CECCAA05!4953.entry

それとは別の話なのかもしれませんが、私が現役のころは「あの大学で博士をとってもしょがない」ということは小耳に挟みました。まあ、そういうことをささやかれるくらいだから、日本の博士号は権威がなく、企業に入って論文博士になった方がいいと言われるのですね(という認識が私にはあります。実体はどうか知りません)。

が、しかし、やはり、それは誰のせいでもなく、やはり研究者という共同体の責任ではないでしょうか。そんな博士を生まない、教授にそうさせない、そういう輩は脱落させる、(簡単に言ってしまえば)そういう雰囲気 が必要なのだと思います。それは科学者の方々しかできない。ドクター増加運動の政策及び政策創案者のせいにはできないと思います。
科学業界を知らない素人はそう考えるのですが、いかがでしょうか。

ところで、比喩とはわかっていますが、
「世界が戦争になろうとも、」
という文言はすごいですね。
老婆心ながら、ちょっと誤解を受けるおそれがあるので、このような文脈の場合は使わない方がいいような気がします。
Comment by アマサイ
★アマサイ様、

比喩じゃないですよ。
そのときは、世界大戦になるんじゃないかという雰囲気で、そして司会者の本心の気持ちでしたから。
Comment by sachi
全く科学者の社会を知らない人間ですが。

自分で書いた物でないのに、自分で書いた物として業績になるのは一般社会的に変ではないですか?

一つの社会にいると感性の一部分が麻痺してしまいがちですよね。違う立場で見ると明らかに変だな、と思うことでも。

Comment by もん
★もん様、

変ですよ。変なのです。

このケースの場合、実験をしたのは博士号取得者です。
それを英語論文にしたのが、指導教官です。

私はそれでもやっぱり変だと思います。
Comment by sachi
そういうことが、あるんですか・・・?
じゃあ、わたしでもある程度がんばれば
取らしてもらえたんかな?
なんて思ってしまいます。

子どもにその話をしたらきっと
「ズルだ!」と言うと思いますよ。
それが、普通の感性でしょう。

いかんいかん・・ちょっと、感情的だ。

博士号取得者さんが、一応英語論文を書いてみて
指導教官さんが添削したというのなら
教育的指導ということになりますよね。
だけど、博士号取得者さんが日本語で一度書かれた論文を
指導教官さんがすべて英語に翻訳したのなら
それは×だろうなあ・・・。

って思うんですけど、いかがでしょう?
Comment by ♪ねこねずみ♪
あらかじめ身分を明らかにしておきますが、私は中国文学・・・つまり文系の、しかも入学試験もない通信制の大学で学んでいます。
このたび、卒業論文を書くにあたり指導教官は私にこう言って励ましてくれました。

論文と名がつく以上、自分で考え、自分で調べた事を自分の言葉で書きなさい。文学は全ての人に平等です。うまいものを書こうとか、すばらしい発見をしようとか考える前に、真剣に文学と格闘しなさい、と。

もちろん、学部生の書く論文なので当たって砕けろ、というような思い切りの良さを先生は意味したのかもしれません。
文学者とここにいらっしゃる多くの科学者の方とは、違う点も多いかもしれません。

それでも。
先生の言葉の「文学」の部分を「科学」に変えることは可能なんじゃないかな、と私は思います。
そうやって格闘した結果、ある一定のレベルに達した人に送られるのが「博士」ではないかと思います。

もし、私の考えが的外れでしたら、教えていただきたいと思います。
いかがでしょうか。

Comment by piaopeng
★ねこねずみ様、

ずるだ、と思いますよねぇ。
資格詐称とまでは言いませんけれども・・
Comment by sachi
sachiさん。初めまして、いつも楽しく読ませていただいてます。今日のご意見賛成ですね。私もかねがね気になってましたし、最近の議論から欠落している視点だとも思ってました。博士の定員を増やしても設備や教員は変わらなければ、そうなりますね。博士課程は最高の高等教育であるべきで、最高の高等教育とは、私見ですが、どんな状況に陥っても「もがいて」「打開する」「ノウハウ」を身体に覚えさせることは、その要素の一つだと思います。そのためには夥しい試行錯誤と失敗と挫折の積み重ねを「研究」を経て経験せねばなりません。だから、「金」と「時間」と「人手」がかかりますよね。まともにやれば。
Comment by そ
★Piaopeng様、

「格闘した結果、ある一定のレベルに達した人に送られるのが「博士」ではないかと」

本当にそう思います。
あとね・・・

学歴がね。どんどんチープ化しているように感じるのです。
昔の学士が、今の修士で。
昔の修士が、今の博士で。
そんな雰囲気を感じるのです、すくなくとも日本では。

諸外国がどうなのか、本当に気になるところです(っΤ、修士があるところが少ないですが)。
Comment by sachi
★そ様、

いつも読んでいただいてるとのこと、ありがとうございます☆

”「金」と「時間」と「人手」がかかりますよね。まともにやれば”

職人気質といわれていた日本が、いつからこんな風に手抜きになってしまったのでしょう・・・
打破する糸口を見つけることができません(TT)
Comment by sachi
まず、各国のDr.が同じ水準だとは思いません。日本は多分、欧米に比べ簡単でしょう。

元凶は奨学金と大学の姿勢でしょう。日本の博士課程でもやはり身分は学生。社会人じゃないのですね。大学から見れば高い学費を払っていただいているお客さん的なところがあります。大量養成が始まってそう無下にお客さんをdrop outさせられない大学の姿勢。

欧米じゃ、大概、返還無用の奨学金や生活費をもらって博士課程してますから、社会人にちかいので、できない奴はdrop outして当然。

私は修士のときに英語の論文書いたら、別刷り欲しい欧州の人たちから、Dr.スーパーTSで依頼が来ていましたね。。。あー昔話。。。
Comment by スーパーTS
中堅国立大学で留学生に博士を取らせるために、指導教授が論文を書いてやった、という話を聞いたことがあります。この話を聞いたときは開いた口がふさがらなかったです。ちょうど、隣の駅まで300円という関東の某鉄道の料金表示板の前に初めて立ったときと同じ印象でした(さすがに喩えにムリがあるか)。そこまでして博士を取らせても結局仇花になってしまうのがオチでしょうね。教授自身にとっても得にならないばかりか(実は得なのかなぁ)、取らせてもらった学生にとってもいずれ重荷になることでしょう。間接的にでも早いうちに三行半を突きつけた方が、そのまま博士課程を続けるよりずっとよかったと思われる例をいくつか見たことがあります。
Comment by qsat
それでメシを食べていくというプロ意識が希薄すぎますね。
英語って必要最低限身につけなければならない技能なのに。

そういえば昔々日仏学院に論文をフランス語で書いたので
会話ぐらいできないとしゃれにならないと習いに来ていた
院生がいました。
Comment by nenpiro
★スーパーTS様、

「元凶は奨学金と大学の姿勢」

おっしゃるとおりだと思います。
それでも、たとえば日本でも、ノーベル賞受賞者N先生のところでは、博士号取得者は10人いないと伺います。
その厳しさは折り紙つきで、たとえ博士過程でドロップアウトしても、ドロップアウトした学生を欲しがる企業が列を成していたそうです。

「N先生のところはネームバリューがあるからできたんだ」という方もいらっしゃるかもしれませんが。
N先生だって、初めからネームバリューがあったわけではないと思うのです。

ただ・・・

気になるのは、大学による格差です。
日本では、もしや旧帝大以外では、博士課程に学生がいなければ職員数が減らされる、大学院が潰されるという状況だったのでしょうか?
それから、それは日本だけの問題なのでしょうか?
Comment by sachi
それでメシを食べていくというプロ意識が希薄すぎますね。
英語って必要最低限身につけなければならない技能なのに。

そういえば昔々日仏学院に論文をフランス語で書いたので
会話ぐらいできないとしゃれにならないと習いに来ていた
院生がいました。
Comment by nenpiro
★qsat 様、

「取らせてもらった学生にとってもいずれ重荷になることでしょう」

本当に。。。余剰博士が多い現在。
その学生たちのキャリアパスがどこにあるのかを自分で考えたときに。
たとえば科学系マスコミとかに自分を売り込む力はあるんだろうかとか、気になってしまうのです。
Comment by sachi
>sachiさん

応援しております。この記事と関連のコメントを読んで、本当に感動しました。
Comment by purupagi
教官が全部書いてあげて卒業させてあげるのはまずいんじゃないですかね。誰が聞いても。

いや。オトナ同士の話に口出ししてすみませんw
Comment by yamage
>自分で英語論文を書いたこともない

と,sachi様はご立腹ですが,英語だけの問題ならそれほど深刻ではないと思います。研究テーマ自体を見つけられず,研究手法すら理解できず,日本語ですら論文が書けない,博士がおります。すなわち,学位取得後,業績が出ない人です。沢山います。

これは,博士課程の教育が悪いように,皆さんおっしゃっていますが,たかだか3年間の教育期間だけの問題ではありません。実は,小学校からの教育手法に問題があると思いますよ。それまで,ずっとものを考えさせない教育をしておいて,突然に「どんな状況に陥っても「もがいて」「打開する」「ノウハウ」を身体に覚えさせる」ことなんてできません。

このテーマに,大学教員のコメントはないのでしょうか。
あ,sachi様は,もうすぐ大学教員になられるのでしたね。

まじめな教育は,研究ほど楽ではないですよ。
Comment by Caryophylli

『学歴がね。どんどんチープ化しているように感じるのです。
昔の学士が、今の修士で。
昔の修士が、今の博士で。
そんな雰囲気を感じるのです、すくなくとも日本では。』

それはそうですね。昔は「学士さま」と呼ばれたものですが、今はそんなこと言ったら笑われますもん。
私も恥ずかしくて「学士です」なんて言えません(笑)
ほとんど趣味の世界の私の立場と、sachiさんたちの立場と一緒にしては拙かったなと、一晩反省しました。
でも、私は「学問は真摯なもの」と思っていて、それは分野や立場には関係ないんじゃないかと思っているんです。

でも現実は「真摯」でありさえすればいいというものでもないと思います。人には適性ってものがあり、社会にはシステムがありますから。

『日本では、もしや旧帝大以外では、博士課程に学生がいなければ職員数が減らされる、大学院が潰されるという状況だったのでしょうか?
それから、それは日本だけの問題なのでしょうか?』

適性に欠ける人を「博士」にしたシステムはどんなものだったのか、私も興味があります。
でも・・・sachiさんがこういう発言をなさっては・・・教育者となられるsachiさんの今後のお立場が窮屈なものにならなければいいのですが・・・。
Comment by piaopeng
>このテーマに,大学教員のコメントはないのでしょうか。

ということで、sachiさんと同じ研究所のポスドクから、最近、地方国立大の教員となった者です(ちなみにsachiさんと面識はありません。タリーズの棟の元住人です)。今まで頻繁にブログは読ませていただいておりましたが、コメントするのは初めてです。ということで、はじめまして。

で、地方大学の博士の現状とは。。。
定員割れです。なにやら定員割れするとまずいらしく、月例会議やらメールで定員確保のお達しが頻繁にあります。そこで、教授連は共同研究をしている企業の方に「博士取らない?」と声をかけ、定員に達するように掻き集めるようです。で、声をかけた手前、博士号を与えなければならない。ほとんど大学に来ていないにもかかわらず、修士や学部の学生に研究をさせて、論文を教授が書く。年限内に内規の資格に無理やり到達させることで、博士号を与える。

これが地方大の現状です。
そりゃ〜、レベル下がりますよ。
Comment by moomoo
はじめまして

社会科学系の某分野では状況が違います。ディプロマ・ミル化している国立大学と一部の私立大学(業界にいれば誰でも知っている)を除けば,課程博士取得はいまだ極めて困難です(審査基準が厳しいのではなく,不明確なのです)

理系の状況のみを前提にして論文博士制度を廃止しようという最近の傾向には正直いって迷惑してます(笑)
Comment by kei
学生が実験をして教授が英語論文を書く、という状況は、みなさんが指摘されている他に、もう1つ違った状況があると思います。

私の周りの研究室(生物系)では、学生が実験をし教授が英語論文を書くというラボは、珍しくありません。
理由は簡単で、学生に英語論文を書かせると、当然ですが時間がかかりますよね。
そんな悠長なことをしてると、競争相手に抜かれてしまう危険性があるので、教授が書くのです。
もちろん、教育的には非常に問題があると思いますけれど、世知辛い現状を考えると、ただダメとも言えないと思います。

もう1つコメントですが、
私が日本でいた研究所では「英語で論文を書けない」ポスドクよりも、「英語で質疑応答できない」ポスドクの方が圧倒的多数でしたよ。
これは日本の英語教育の現状を良く表していると思います。
Comment by Marica
★nenpiro様、

「プロ意識が希薄すぎますね」

世界の科学技術創造立国を担ってる自覚があるのかなーと、不思議に思うことが多いです・・・

★purupagi 様、

ありがとうございます(TT)
Comment by
ものすごく白熱した議論となっていますね。私は、院に行くわけではないので、直接は関係はないのですが、やっぱり気になる話題です。

最近、知ったことなのですが、海外(特に欧米)では、「博士号」は一つの証であって、それがあるかないかだけで、学会などに招待されるか否かが決まるというようなことを聞きました。(たぶん、このような内容だったと思うのですが)
そのなかで、博士号取得といっても、力不足な研究者がやっていけるのでしょうか。(勿論、海外に行く場合ですが)
また、日本のみで研究するとしても、かなり心配になります。やっぱり、発表の場で英語でプレゼンする機会もあるだろうし、それが困難ならば研究者として一人立ちできないのではないかと思います。

教育現場、国の政策、大学・大学院、指導者(教授)、学生・院生など、皆が真剣に考え合う必要がある、と思います。(と、一人の学生の考えです...)
Comment by マスマテカ
★yamage 様

「教官が全部書いてあげて卒業させてあげるのはまずいんじゃないですかね」

実験は彼がやったんだから良いのだ、というのが言い分のようです・・・


★Caryophylli様
”ずっとものを考えさせない教育をしておいて,突然に「どんな状況に陥っても「もがいて」「打開する」「ノウハウ」を身体に覚えさせる」ことなんてできません。”

確かに、物を考えさせない教育の弊害もあるかもしれません。
が、自分は、一億総博士になる必要もないと思うのです。

博士号を取得したいという人間がいる場合に。
その人間に十分な教育もせずに放出してしまって、それで果たして「大学」と言えるのかと、言いたいのです。
Comment by sachi
★Piaponeg1様、

もちろん、分野や立場に関係ないと思います♪
自分が何を期待されているか、を理解し実行するかどうかの問題だと思っています。

「教育者となられるsachiさんの今後のお立場が窮屈なものにならなければいいのですが」

・・・ねぇ(・´ω`・;A アセアセ
でも、自分で自分を戒めておきたいんですよ。
長いものに巻かれる人生のほうが要領がいいのは分かっていますが、それでは何も変わらないので。
Comment by sachi
★moomoo様、

コメントありがとうございます、助かります★

声をかけることも、博士志望者が増えることも良いと思うのですが。

「年限内に内規の資格に無理やり到達させることで、博士号を与える。」

これがね・・・良くないと思うんです。
教職を軽んじてると思うんです。

こういうことって。何かあっていきなり変わるものではなくて。
アマサイ様がご指摘のとおり、我々の意識改革が重要だと思うんです。

博士課程に入った人間に、最低限のプレゼン能力を持たせる。科学者社会がどういうものかを、できるかぎり伝える。
そして可能であれば、N先生のように、合格ラインに達してない人間にはもう一年博士課程をやらせる。
我々が少しずつ変わっていけば、いい方向へ少しずつ向くんじゃないかと。思っています。
Comment by sachi
★kei 様

「審査基準が厳しいのではなく,不明確なのです」

社会科学系の博士取得・・・たしかにはっきりした基準を伺ったことがないような。
ぜひもう少し詳しくお話を伺いたい気がいたします。

「理系の状況のみを前提にして」

これ、自分も不思議だったんです。
自然科学系の大御所の先生は、何もおっしゃらないのでしょうか??
Comment by sachi
★ Marica様、

「教育的には非常に問題があると思いますけれど、世知辛い現状を考えると、ただダメとも言えない」

ずっと疑問に思っていたことがあるんです。
研究所があるのに、大学で研究する意義って何でしょう?

私は、大学の研究は、教育のための研究だと思っています。
研究の面白さと広がりを、若い方へ伝えるのが大学の先生の役目だと認識しています。

そして。
競争相手に抜かれて困るのは先生ご自身だと思うのです。
だとすれば、その先生は、ご自分のために、学費を払っている学生さんの教育を放棄していることにならないでしょうか?
Comment by
★マスマテカ様、

おっしゃるとおり、博士号がなければ一人前の研究者とは認められません(普通は)。

でね・・・たぶんね。
三ツ星レストランのコックさんも、食堂のコックさんも、どちらも大事で(この表現、セキララ先生のところではいどくした気がしますが)。
全員が全員、英語が流暢である必要はないんです。

でもね。
そこで開き直っちゃいけないと思うんですよ、科学者は。

科学と言う真理を一緒に突き詰めている仲間が世界中にいることに目をつぶらず、常に意識すること。
英語をしゃべろう、理解しようと言う心を持って、「俺は日本にしかいないから関係ない」などと開き直らないこと。
そういう心を、教職者が学生に植えつけること。

そういう意識が大事だと思うんです、自分。
Comment by sachi
トラックバックいたしましたが、査読論文数ゼロで取れる博士号についてはどうお考えでしょうか?薬学系です。地方ではない、日本の中心地にある、あの大学です。「最近は」ではなく、昔からそうだったのです。
もちろん、自分でテーマを見つけたりなんかしませんん。教授が考えて配下の学生に振り分けるのです。
Comment by Inoue
★inoue先生、

トラックバックありがとうございました。
こちらからトラックバックさせていただいてご挨拶もせず、申し訳ありません。

トラックバックさせていただいたとことでご理解いただいてると思うのですが、査読論文数ゼロで取れる博士号についても、上述と同じ意見です。
博士号に対する意識が低すぎるように感じます。

で・・・医学部・薬学部での、博士号への意識の低さに関してなんですが。
内部にいない自分は、はっきりとした事情が分からないのですが。
博士号と言うより、むしろ医師免許を持たなければ研究者でない、といった雰囲気があると一部から伺いました。

もしそれが本当であれば、博士号および博士号保持者に対する意識が低くなるのもある種当然なのか、と思っています。
Comment by sachi
 医学系の話をしますと、ノンメディカルの大学院生がどんどん増えてます。基礎系はすでにノンメディカルが主力ですし、臨床系ですらノンメディカルに研究労働を頼っています。
 しかし、システマティックな能力開発は全くなされていません。研究室でやっている実験を継承し、ペーパーにまとめるだけなのです。
 かつては医師に箔をつけるためだけの博士号ですから、それでよかったのです。医師だから職の世話をする必要もなかったし。(むしろ博士号をエサに汚れ仕事をおしつけていた)
 ノンメディカルが大学院生の主流になってきて、教授たちは大学院生の職の世話ができないという事情に頭を抱えています。私の知ってるところだと、製薬会社のつながりでMRになる人が多いとか。
 学部卒どころか高卒でもできる仕事に「博士」が就くのです。
 しかし、ノンメディカルの大学院生なしには、もはや医学系の研究は成り立たなくなっています。
Comment by Inoue
★Inoue先生

「ノンメディカルの大学院生なしには、もはや医学系の研究は成り立たなくなっています。 」

これはつまり、パートさんがすべきところを、無給の労働力として学生を使用し、かつ、学生の教育を放棄していると言うことでしょうか?
それは非常に大きな問題だと思うのですが。

Comment by sachi
丁寧なお返事ありがとうございます。HPへの訪問もありがとうございました。

ところで本題ですが、私は博士の後期課程を研究所で過ごしましたが、大学よりも研究所の方が教育面は充実していた気がします(苦笑)。
雑用をテクニシャンにやってもらえるということと、周りがほとんどポスドクだったので、教えてもらう人に事欠かなかったということが理由でしょうか。
あちこちで言われていることですが、大学は学生の数に対して、スタッフの数が少なすぎますよね。

それと、競争相手に抜かれて困るのは先生自身ということですが、まさにその通りです。
でも、学生はそれ以上に困るのです。
生物系(基礎)の分野の特徴として、1本の論文を書くのに時間がかかるということがあると思います。
その後ポスドクとして食べて行くために十分なぐらいのレベルの論文を出すには、運が良くて3年、4〜6年かかるのが普通ではないでしょうか。
というわけで、学生の5年間が無駄になるのは忍びないということで、つい先生が手を出してしまう気持ちもわかるのですよ。
まあ、競争に負けた人には博士号をとる資格はないと言ってしまえばそれまでですが、それならばそのプロジェクトを指導した先生の責任はどうなのか、とかいろいろ難しい問題を含んでいると思います。
Comment by Marica
さてさて、大変なことだ。骨のあるやつが同僚と上司にいるかどうかだなあ。そうでないと、孤軍奮闘の憂き目に遭う。意識改革は一人の斬り込み隊長では成就されない。たくさんの布石をうっておき、自分でそう思うようになったと思うまでの道程をつくっておいてあげないと、反発を買ったり、偏見の目で見られたり、なぜか迷惑がられたりと、悲しい思いをする。状況を母のような目で見つめ、個々を父のように励まし、自らを魅力ある科学者として磨いてください。そうすれば、あの大学にさちさんありという風が吹き始め、さちさんの発言に含まれたいろいろな思いがきっとひろく伝わっていくことになると思いますよ。「和して同ぜず」孤高の研究者でもそれだけで教育者たり得ると思いますよ。良き出会いを!
 僕は目が治って、明日から働けそうです。
Comment by どこにいるの?
★Marica 様、

「大学は学生の数に対して、スタッフの数が少なすぎますよね。」

(^・ェ・^)(^._.^)(^・ェ・^)(^._.^)ウンウン

「生物系(基礎)の分野の特徴として、1本の論文を書くのに時間がかかるということがあると思います」

博士号取得に必要な論文数は、大学・学部によってかなり異なります。
実際、医学部ですと、論文が一報もなくても博士号を取れると言うお話もいただきました。
ですので、論文数に関しては、先生方が調整すれば解決する問題だと思います。

先生が手助けする、と言うなら分かるんですけれども。
「いいから俺が書く」というスタンスは賛同しかねます^^:
Comment by sachi
★どこにいるの?様、

明日から働けそうとのこと、本当によかったです☆

「孤軍奮闘の憂き目に遭う」

そうですね・・・
でも、孤軍ではないと思いまする。少なくとも、賛同していただける方がいるんだと、今回、分かりましたので
(・´ω`・;A アセアセ

ご存知のように、自分のポリシーは、
”嫌なことから逃げていても、嫌なものは変わらない。
嫌なことへ飛び込んでいくのが、勇気だと思う”
です(改めて書くとはずかしぃ)。

間違ってると外部から指摘することは簡単ですが、指摘だけで変わることって、とても少ない。
だから、自分が内部へ飛び込んで、正しいと思うことを行ってみる。
その正しいことをする痛みを自分自身が感じ、痛みが少ない道を模索して、示す。

何かを変えようとする時は、どんなにうまくやっても、どんなに味方がいても、反対する方がいるものです。
悲しい思いは必ずするでしょうが、それに負けない自分でいれたらと思います。

どこにいるの?様の、
”状況を母のような目で見つめ、個々を父のように励まし、自らを魅力ある科学者として磨いてください”
と言う言葉、すごく胸に残りました。大切にします。
ありがとうございます。
Comment by sachi
 もうほとんど議論が尽くされたようで,敢えて口を挟む必要はもはやないと思いますが,最後に一言コメントさせてください。
 指導教員が博士課程の学生をsachi様が望むようなドクターに育てる合理的な方法があるのです。方法としてはいくつかあるようです。そのことが,ほとんどの研究(教育)現場で理解されていないように思われます。優秀な研究者が輩出されている研究室では,しっかりその手法が取り入れられているに違いありません。合理的な教育手法をとれば,ここで議論されているような問題のほとんどはクリアできると信じております。(←ちょっと言い過ぎか?)
 大学に赴任されたら,sachi様のことですから,まもなくその手法を会得されるでしょう。私は,ずいぶんと時間がかかり,まだ試行錯誤を続けておりますが。
Comment by Caryophylli
★ Caryophylli様、

「指導教員が博士課程の学生をsachi様が望むようなドクターに育てる合理的な方法があるのです。方法としてはいくつかあるようです」

それはっ!
ぜひお教えくださいっ!

自分の場合は。指導教官がほとんど任せてくださいました。
論文を書くまでは、ほとんど自分でした。
もっていくと、お忙しい中見てくださり、そしてだめなときは、
「sachiさーん、これだめじゃないかなぁ」と言ってきてくださいました。

要約すると、環境+放任主義+だめなときはだめと言う、と言う要素になりますが・・・
Comment by sachi
詳細は,企業秘密です。(←勿体つけるな!)
と言うより,まだ勉強中のプログラムであることと,十分に説明しないと誤解がありそうだからです。私の周りに普及させようとしていますが,まだ若干名しか理解できないでいます。
 それから,このプログラムを適用して効果がある人かどうかを事前にある程度判定する方法もあります。何故このような判定をするかと申しますと,あまり適していない人にこのプログラムを適用すると,とことん落ち込んで,そこから這い上がれずに,ドロップアウトしてしまうという副作用があるからです。(←副作用を緩和する方法を検討中)

sachi様の指導教官は,さすがと申したら失礼かもしれませんが,かなりいい線いっています。それと,sachi様は前述の判定にかけると間違いなく(適)マークの方だからだと思います。
Comment by Caryophylli
驚きです。さちさんのポリシーと同じです。でも、僕は少しパワーダウンしてきたかな?
Comment by どこにいるの?
sachi様,Caryophylli様

> 要約すると、環境+放任主義+だめなときはだめと言う、と言う要素になりますが・・・

驚きです。私の指導教官の方もほぼ同じ主義でした。
なにせ「教育で人は育たない」というのが持論でしたから。

「教育で人は育たない」とは誤解を与える表現ですが、要するに教育が出来ることというのは「育ちたい」という意志を持つ人間にのみ作用し、そもそもそういう意志を持たない人間に対してはどんなに素晴らしい教育を施しても効果がない、という意味です。

ただし、このような手法はCaryophylli様のおっしゃるとおり副作用も大きくて、適合しない人にはとことん合わず、場合によっては精神を病んでしまう人も出ますから、適用する場合は十分な注意が必要です。
いや、これは冗談でなく本当に・・・
Comment by Maddoc
おっしゃったような形で博士号が授与されてるところが本当にあるんですね。考えられないです。僕の大学院はそこはしっかりしてますけど、っていうか当たり前なんですけどね。
 msn離れ進んでますね…僕も様子を見て一番見やすくて編集のしやすいブログに乗り換えようと思っています。
 あと無事修士とれそうです。なんだかかんだあって人より3年も余計にかかってしまいました。
 しかし、博士号の件についてはひどすぎる。博士出せば優秀な研究室・大学とでも思っているんでしょうか。ものずごく思考の狭さを感じますね。Sachiさんはそういうエセ博士を英語で散々にいぢめてやって下さい!!
Comment by hiroki
★Caryophylli様、
★Maddoc様、

教育にひとつの答えはないのかもしれませんね・・・


★どこにいるの様、

100歳を超えられてそのパワー、本当にすばらしいと思います。
自分は、すぐにダウンしてしまいます・・・


★hiroki 様、

あはは、いぢめることはできませんがっ・・・
修士取得、おめでとうございます♪
Comment by sachi
たくさんのコメントを全部読んでないので,同じような話を書いた人がいるかどうか?と思いますけど.

私は工学系の独法国研にいますけど,物理系はそんなことはないですが,化学系・物質系は,チームの互助意識がものすごく強いように見えますね.
要するに,化学系は各論だから論文を量産できる.
だから,上司のAさんはグループ全体の生産性のルックスを整えようとして,部下のBさんの分まで書いちゃうという力業までしちゃうことがある,
違和感を感じます.

包丁一本さらしに巻いて,じゃないけど,
ダメでも,格好悪くても,情けなくても,自分の力で頑張ってきた自分から見ると,そういう互助世界のしがらみは気色悪い.はっきり言って関係ない世界です. 
そういう人たちは,大きな研究チームとして機能しているのであって,文化が違いすぎる. としか,言いようがないです.
Comment by Clover
★Clover様、

独法国研でしたら、やっぱりチームで動かれている気がするのですが汗

「上司のAさんはグループ全体の生産性のルックスを整えようとして,部下のBさんの分まで書いちゃうという力業までしちゃうことがある」

・・・ということは、学生のためではなく、ポスドクや研究員のために、上司が書いてしまうことがあると言うことでしょうか(@@)?
それはなんかものすごくヤバイ状況な気が・・・
Comment by sachi
博士号をとって16年,3児の母研究者です。
当時は,足の裏についた米粒と同じと言われていましたが(とっても食えない,でも取らないと気持ち悪い),教授たちはかなり手ごわくてなかなかOKをくれないので,途中で助手に行きたいなあといつも思っていました。しかし,学振PDに面接に呼ばれ採用が決まりそうになって,ようやく教授達からお許しが出たことを思い出しました。
確かにどこも大学院ができて,驚くほど低レベルで博士を世の中に送り出しいるのを見ると,隔世の感がします。かといえば,確かにすばらしい業績をお持ちの教授もいますが,全く論文を書かない人もいますし,現実の指導者がかなり低レベルになってきているような気がしています。論文の査読をしていても,教授も連名なのに全くdiscussionできていないものも平気ですし,コメントすると反論や小手先の言いくるめだけは一人前,あの団塊の世代はすごいなあと驚いています。
sachiさん,応援していますよ。頑張って!
Comment by kazupon
★kazupon様ぁ・・・
応援ありがとうございます (・ω・、)

いろんなご意見が集まって。
あらためて、今の日本社会が抱えてる問題に直面して。
若輩の自分は頭を抱えてしまいます・・・orz
Comment by sachi
はじめまして,sachiさん。
私は某大学の博士課程2年に在籍しています。sachiさんの意見やその他の方の意見を読ませていただきました。読み終えて深く反省しています。
私はsachiさんたちが反対しておられることが全て当てはまってしまう学生です。今まで何度もこんなことで博士の学位を取得して世の中に出てもいいのか?と何度も何度も悩んできましたが,結局どうすることもなく現在に至ります。
論文は教授が書き,私はそれを読み齟齬が無いかどうかをチェックしたり,レフェリーからの返答に対してどう対処するかを,教授が今まで書いた文章の中から引っ張ってきてなんとか英作文するくらいです。
こんな私が博士号取得者として世の中に出るのはやはり心が痛みます。せめてアカデミックには進まず(教授には進められていますが,私にはやっていく自信がありません),企業に就職しようと考えています。
私のような学生は他にもいると思うのです。実際私の大学にも似たようなやり方の研究室はありますし。。。

ごちゃごちゃと書いてしまいましたが,楽に博士課程を取得してしまう学生が苦しんでいることを伝えたかったのです。ここまで読んで頂きありがとうございました。
Comment by junko
★junko様、

かなりお辛かったでしょうに、コメントを記載していただいて本当にありがとうございました。ペコリ(o_ _)o))

「論文は教授が書き,私はそれを読み齟齬が無いかどうかをチェックしたり,レフェリーからの返答に対してどう対処するかを,教授が今まで書いた文章の中から引っ張ってきてなんとか英作文する」

拝読するに、junko様は英語を読むことも、英借文することもできる力があると思われます。
ということは、後は論文英語を書く力さえ身につければよいと思われます汗

私は・・・論文の書き方は、実は大学の授業で習いました。
研究費の取り方も、プレゼンテーションのやり方も、授業があり、そこで学びました。
やってみて、ノウハウさえ学ばせていただければ、最低限のものは身につくんだと実感しています(偉そうなことを書く私も、英作文はとっても苦手です汗。日々精進です)。

で、論文英語を書く方法ですが・・・
直接口頭でお伝えするのが一番いいとは思うのですが、とりあえず、

・英語一文を書くには

なんか思いっきり偶然ですが、このブログを最初に立ち上げたときの記事に、お勧め本が載ってます汗
http://a-scientist.jugem.jp/?month=200601

最初に日本語が書いてあって、それを自分で英訳するんですね。
すると、その下に、「あまり良くない回答例」として日本語英語が載っています(私はほとんどこの例になっちゃいます汗)。
その下に、「なぜ良くないか」の解説があったあと、技術英語として正しい例文が載っています。

もともとは企業の方へ、日本語マニュアルを英訳する技術をお教えする教科書みたいですが、論文書くにも良いなと思っています。


・論文の段の組み方

Intro, Materials and Methods, Results and Discussion, Conclusion, Acknowledgmentってあるわけですが。
これはね・・・実は、それぞれの段によって、テンプレートみたいなのがあるんですよ。

一番難しいと言われる、introについて。
たとえば超ショートバージョンだと、

○○ have been attracting attention because of ××

○○ have been studied (この部分には、先人たちの論文を載せます)

However, ○○ is/are (この部分には、○○の欠点や、まだ知られてないことを書きます).

In this paper, we report (欠点だったら克服を試みた、見たいに書きます)。

○○や××や()を適当に埋めると、骨組みが出来上がりますよね。
お手元の論文を見てみてください、きっと使える骨組みがいっぱいありますー(特にノンネイティブの方の論文)。


私は、博士号取得者に必要なのは、世界の科学者コミュニティの一員である自覚"だけ"だと思います。
反省されてる、とおっしゃるjunko様には、その自覚が十分あるのだと思います。
その自覚を胸に、ご自分が足りないと思われる部分を、すこしずつ埋めていってくださいまし。

誰でも最初はできないさっ
フッヽ(ω` )ノヽ(´ω`)ノヽ(´ω)ノ フッ
Comment by sachi
以前からここのDiscussionは興味深く拝読させて頂いていたのですが、そしてもしワタシの見落としでもう既に議論されていることなら申し訳ないのですが、ワタシの周囲の話を1つ。

教授陣が博士を増やすためにというのもありますが一方でそういうのを変に鵜呑みにして「博士なんて楽勝だもんね!」という風体で来ている大馬鹿野郎がいます。「だって論文書いてくれるんでしょ?やり方も原理も全部教えてくれるよね!何なら実験の結果も検討してくれるよね!だから適当にやってたらいいよね!」的な。

ええっと正直腹立ちます。実際何も考えずに実験してるんやなあということが判明したときには本気でぶん殴ってやろうかとさえ思ったくらいです。なのですが、コレがワタシの下の人間なら「帰れ」いうところなんですがコレが 講 師 なのですよ……orz
講師で博士でないというのもレアですがそれ以前にすっごく意識が低いというか。どうしたらいいんでしょね本当に。

最終的には「昔そうやって気楽に学位をぽんぽんやってたののツケ」って結論になるのでしょうが、それにしてもねえ、です。……まあ、幸いにして我がBossはそういうのを絶対に許さないヒトなのでいいのですが。
Comment by
追記。

Sachiさんもお答えになってらっしゃいますがJunkoさん、そういう「ラクに取れてしまうことの苦しさ」を意識しておられる部分がスバラシイと思います。そういう姿勢があればこそ人は努力できる、向上できる気がします。

……↑の講師野郎(註:我がラボの講師ではないのですよこれがまた)に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいです。ええ本当に。
Comment by
私が所属している分子生物学分野では、とにかく人手とスピードが要求されるため、学生は兵隊扱いというところも多かったです(もちろん全ての講座ではありませんが)。
先生も、何も考えないで働く学生を重宝してました。自らアイデアを出してある程度結果を出した学生に対して、そんなことには何の意味も無い、俺の言った通りにやれないなら出ていけ、と怒鳴り、実際、何人かの学生が博士号を取得できず出て行かされた、そんな講座も知っています。
学生の人生とか全然考えない、そんな人にアカデミックポジションに就いて欲しくないと思います。
sachiさん、是非立派な教官になられて、素敵な学生さんをたくさん育てられますよう、頑張って下さい!!!
Comment by shika
★巽 様
”講師で博士でない”って・・・(@@)?
学部はえとえと・・・??


★shika様、
常々思うのですが。
労働力が必要な分子生物学をなさりたいなら、どーしてその先生は研究所へいらっしゃらないのでしょう?
どーして他の先生方は、本来の職である”教職”をそこまでないがしろになさる先生を黙認されるのでしょう??

わたしね・・・
民主主義では、権利は与えられるものではなく、奪うものなんだなって、改めて実感した気がいたします。
学生さんご自身も、ちゃんと教育してくださる先生を選び、「教えてくれない先生を見捨てていく」パワーが必要なのかもしれませんね・・・はぁ。
Comment by sachi
ええっとこちらのブログでもちょっと解りづらい書き方をしてしまってたのですがワタシは薬学部にいます。私大の薬学部。元は工学部だったのですが学部ごと移動した形です。

で。
薬学部というのは来年から6年制になりますね。コレ、薬剤師即戦力を作るためなんです。すなわち実習を2年近く入れますよ、と。そのため某別の私大病院から呼ばれた病院の薬剤部のヒトなのです、この「講師」は。実習担当。なので修士しか持っていません。

なのですが、それはマズいやろうという案が学長から出たのです(一方で「別にそんなんしてまで学位やらんでもめんどくさい」という話もあるのですが)。当人も「学位を得ること」には乗り気なのです。が、問題はそこに至るまでのプロセスをこなすのが面倒だとおっしゃる。

少なくとも(ワタシの知る限りでは)薬学部の多くが現在きちんとしたプロセスを経て学位を、と求めているように思います。特に研究を大事にしている部屋なら尚更です。でも医学部(むしろ病院?)では違うのですかね、こういう考え方をする阿呆がいるのもまた事実、なのです。

……ちなみに「オペ」は動物相手ですー行動薬理学が専門なのですー
Comment by
★巽 様

ああすみません、早まってしまいました。
申し訳ありませんっ

・・・そして絶句。

「某別の私大病院から呼ばれた病院の薬剤部のヒトなのです、この「講師」は。実習担当。なので修士しか持っていません。」

あ、あの、せんせい・・・
それは非常勤講師ではだめだったのでしょうか・・・???
Comment by sachi
sachiさん,巽さんありがとうございます。
ひとりでずっと悩み苦しんでいたことが,お二方のご意見ですこし気が楽になりました。本当に感謝します。sachiさんの論文作成法も大変参考になりました。みなさんもはじめは英借文だったのでしょうか。少し安心しています。
みなさんのご意見を拝見していますと,私と同じような境遇の方は多いのだなぁと感じます。きっと同じように苦しんでいる方もいらっしゃるのでしょうね。
私の研究室はうつ病になってしまう学生が出てしまうほど,教授の言うことを聞かない人は攻撃にあいます。それが恐くて私はいつも言うことを聞くことにしています。あまりにも理不尽で時々涙がでてしまうこともありますが・・・
あ,すみません,ちょっと重くなりすぎてしまいました。

とにかく,私はこのblogに出会えて幸せです。sachiさん,感謝です!!sachiさんはきっと立派な指導者になると思います。がんばってください。学生に嫌がられても,それが後々感謝に変わると思いますから。
私は自分が出来る限りの努力をして良い研究者になりたいと思います。(研究者の道に進んでもいいですよね?!)
Comment by junko
junkoさんの勇気のある書き込みにうたれ私も書き込みます。

うちはこの3月で学位がもらえますが、残念ながら博士号に値する実力があるとは言い難いです。私が執筆した論文も稚拙であり、また英語ではなく英語風な部分も多分にあるので、添削や英文校閲なしにレフリーに読んでもらえないでしょう。また英語でプレゼンをしたことがなく非常にヤバイ状態であることは自覚しており、まだ独り立ちできる研究者になったとはいえない状態です。

それでも研究者として生活していきたいので足りないことを努力しながら、これからの研究生活を続けてゆきたいと思います。
Comment by amyloid
あんまり内情をいうと思う様身バレしそうですけど(笑<大体工学修士→薬学部に転部する人間なんて数えるほどしかいませんしねハッハッハ)ええっと、国公立の薬学部は大抵医学部と併設してますよね。ということはほとんどの場合そこの大学病院が使える。併設していない独立の薬大でも提携で国立なり公立なりの病院が使える。これは国が物凄く協力してくれますから安泰です。

んが、私大はそうはいかないのが現状です。めったくそデカい大学ならともかくいわゆる「薬科大」として成り立ってる大学には病院が無い。当然ですね。なので外の大学と提携する必要があります。

で。
6年生になり実習が増えます。増えるということはそれだけいっぺん「実習を受けられるポスト」が埋まるということです。具体的にはこれまでは半期でよかったのが1年半とかになる。必ずかぶります。でも病院そんなに大量に受け入れられない。

で。
6年制になるということで実習をメインに扱う部署(部屋)ができました。でないとこの長丁場な実習、ごっちゃごちゃになって何の意味も成さなくなってしまう。で、当然大ボスとして教授もいます。この方は無論博士です。ただこの方1人では「実地に近くない」ですから、「実地に近い人」が必要。それで病院の薬剤部から招聘されたのが件の「講師」です。

で。
ここからは事実にかなり近い憶測ですが、うちの「博士でない講師」の地位はそこの病院を使わせてもらうことの、うちの学校からの見返りに近いのでしょう。本来ならば間違いなく助手です。年齢云々もあるかも知れませんがいくらうちが弱小私大とはいえ実績に無い人間を講師にしたりはしません。現実年寄りな助手もいますし。でも今回のケースは特別です、何せこれから受け入れる学生(=授業料&助成金の額←嫌な話になってきましたね)をすべて賄わないといけない、そのためにはできる限り大きい病院とのコネクションがいる。

……長々と書いてきましたが、こういうケースもあるということです。これがええことやとは全く思いませんが、でも私大なればこそというか、……死活問題ですから、こんなことになってまうのはしゃあないんかなとも思います。

※でもここまで書いてもたらカンのええ人なら病院が何処で大学が何処か解りそうやなあ……(滝汗)
Comment by
うわあ途中で6年制が6年生になってもてるー(汗)

えーと追記。
junkoさん、むしろアナタのような方こそ研究に向いている気がします。昨今の研究者で足りないのは「自分を謙虚に客観視する力」だといいます(←書きながら胸が痛いです嗚呼)。英語の力なんて後からいくらでもつきます。研究もそうです。ワタシは現在junkoさんと同じD2ですが、↑で書いたとおりそもそもの学部を変わったので本気の「ゼロからのスタート」でした。でも何とかなってます。たかだか2年弱、でも自力でそこそこの論文も書けるようにはなってきたかな(まだBossに怒られまくりやけど)とも思います。
ワタシは自分が特別ようやったとは全く思っていません、たまたま周囲の協力と上手く噛み合ってくれたのでしょう、でもだからこそ誰にでも向上するチャンスもポテンシャルもあるのだと思いたい。遅すぎるということは無いはずです。

いつか、何処かの研究のフィールドで、お会いできることを切に祈りつつ。
Comment by
★junko様、
わー、励みになったようで良かったです♪
私の知り合いにも、欝でおかしくなってしまう方はいらっしゃいました。
そんなことを言っている自分もおかしくなっていた時期があります(キャー、言っちゃった)。

自分も、巽様と同じ意見です。junko様のように、自覚のある方なら、きっと立派な研究者になられます。
ふぁいとです♪


★amyloid 様、
あはは・・・
私も、英文校閲なしでレベルの高いジャーナルに投稿する自信はないです(汗
日々精進と信じて、なるべく毎日、少しずつ執筆してます(でもとてもおそーい)。

英語プレゼン。こいつも経験ですよぉ♪
やりかたですが・・・うーんと、一番いいのは、アメリカの大学生協でusedでプレゼンテーションの教科書が売ってますから、そいつを買ってしまうことかもー。
あちらはcommunication学がさかんですから、diadic communication(二人用ー), public communication(大衆へのプレゼン用ー)などがまとめて一冊の教科書になってます。
英語だけどわかりやすくてお得ですよん♪

「足りないことを努力しながら、これからの研究生活を続けてゆきたいと思います。 」

えらいっ!
自分もがんばって行きたいと思います。
えいえいおー♪


★巽 様、

い、いやぁ・・・
薬学部が6年制になって大変だってお話はいろいろ聞いていたんですが・・・

(TT)号泣
Comment by sachi
博士号の意味って、かなり重いものだと考えています。
私は、博士課程3年目で理学博士を取得致します。
なんとか大学の規定にあるファーストを2報、セカンドを1報というのをクリアしたので、申請することにしました...
しかし、実のところ、自分の研究は、自分の当初の目標よりも進んでおりません。こんな状態で博士をとっていいものかどうかかなり迷いました。
うちの私立大学では3年で博士を出すこと(場合によって2年、また博士一貫コースを立ち上げて修士をすっ飛ばして3年目(実際の博士課程に直すと1年目)ということも...)を上の方からの圧力が目に見えるぐらいあります。(ーー;)また、博士課程生への奨学金が3年でスパッと切られる現状があるので、妥協したことも事実です。大学側の成果になるんですよね、課程博士の頭数を揃えるだけで...

今、必死に卒業までに目標に近付けるようにもがいてますが...

英語論文は非常に苦手ですが、別刷りを受け取った時のうれしさを知れば、努力しようと思うはずだと思うのですが・・・自分も1報目は、ほとんど自分の文は残ってませんでした、ボスの添削を受けた段階で(TT)そのため、2報目でやっと英語らしくなったねと言われた時は、非常にうれしかったです。

去年参加した、国際学会では口頭発表したのですが、質疑応答がズタボロでした...場数なんですね、努力します。自分の研究に興味を持ってもらうことができなかったのではと、反省してます。

博士って、真っ暗な道に明かりをつけながら歩くことだと思うんですよね。明かりを灯すためには努力しかない...でも、その道の先が泥沼か崖か、それとも平坦なのかは、運なんですよね〜〜〜(><)

長々と書いてしまい、なにを言いたいのか、ピンぼけになってしまった様で申し訳ありません。ただ、sachiさんのおっしゃられるような開き直った博士にはならないように、気をつけます <(__)>
Comment by KAMA
★KANA様、

再び不眠に悩む管理人です(あーあ)。

”博士って、真っ暗な道に明かりをつけながら歩くこと”
よい表現でらっしゃるぅ。

みんなでライトをもって歩けば、より遠くまで見えるかも。
先を歩いてる人がこっちを振り向いて、ライトでモールス信号してくださるかも♪

KANA様はだいぶ順調のご様子。
博士号取得間近、ふぁいとです
O( ・`ω´・)乂(・∀・` )O FIGHT!!!
Comment by sachi
経済学だと、博士号の基準は大学・教授によってすごく違います。

ゆるゆる:教授に気に入られれば駄文でもOK
それなり:日本語査読付きor何でもいいので英語査読付きでOK
きつい:一応国際的に読まれている英語査読付き必要
かなりきつい:分野トップクラス英語査読付き必要

といったところでしょうか。平均では、「日本語査読付き〜一応国際的英語査読付き」ではないかと思います。この平均は欧米の平均とそれほど違わないようです。欧州の研究所にいたときに世界各地でPh.Dをとった人たちと学位の話になって、聞いてみたところ、大体「ネイティブ言語査読付き〜一応国際的英語査読付き」で学位がとれるようです。もちろん、厳しいところもあるかもしれない、と言っていましたので、例外はあると思います。

個人的には「ゆるゆる」、「かなりきつい」はどうかと思います。自分は「かなりきつい」ところで博士号をとったのですが、経済学ではトップクラスの雑誌は査読期間が比較的長く、acceptまで平気で一年以上かかかるため、学位論文のメインの部分を博士2年の半ばまでに書かなければなりませんでした。そうしないと3年間では間に合わなかったのです。博士号が研究者としてスタートラインに立ったことの証であること、および博士課程が3年であることを考えると、「それなり」〜「きつい」レベルが要求水準として妥当かな、と思っています。
Comment by kuwanosuke55
★kuwanosuke55 様、

わー、すごくためになる情報をありがとうございます(@@)
他学科の博士号取得についてすごく気になっているので、とても勉強になります。

”acceptまで平気で一年以上かかかる”

あぁそれは、3年で取得は厳しすぎますね・・・
各分野を同一に議論することがそもそも難しい気がする今日この頃です。
(工学系では、Nature,scienceはリジェクトまでなら一週間どころか2−3日以内w)
Comment by sachi
great site
Comment by online sports betting site
社会を知らないで博士号を取得されている方々は信用なりません。
私は一度、工学博士号を目指しました。
しかし、挫折(博士後期過程の試験中に嫌になり就職した)しました。
そういった身の上なので本来、偉そうなこといえません。
しかし、社会に出て博士号は何のためと疑問を持つようになりました。
Comment by しょうじ
★しょうじ様、

試験中に何がいやになられたのかがちょっと分からないのですが・・・

博士号に限らず、資格が意味を持つのは、資格を持った人間がどう使うかに限ると思うのです。
取った資格にどんな力があるかを知らなければ、資格を持った意味もない。

私の把握している日本における「博士号の力」は、上気させていただいたように、「研究者社会へのパスポート」に過ぎません。
博士号を取得して、初めて、余計なディスカッションなどしなくても研究者として世界で認められる。

その力は、おそらく、現在の日本で普段生活している第三者は感じにくいものだと思います。
科学者そのものが、もっと、社会へアピールしていく必要性を強く感じます・・・(といっておちゃらけ日記ばかり書いてちゃだめか orz
Comment by sachi
かなり前に出ていた話を蒸し返す形になりますがお許しください。

>日本では、もしや旧帝大以外では、博士課程に学生がいなければ職員数が減らされる、大学院が潰されるという状況だったのでしょうか?

とありましたが、それは旧帝大でも同じです。下手をすると定員削減の憂き目を見ます。また、大学に交付される運営費交付金にも跳ね返ってきます。責任転嫁をするつもりはありませんが、少なくとも文部科学省の姿勢は、博士の質を問おうとする大学人の努力をdiscourageしようとするものです。
Comment by 猩々
★猩々様、

旧帝大もですか?それはかなり意外です。
まぁたしかに・・・最近、任期つきの助教授さんが多いなぁとは思いましたが・・・

結局は。
研究者自身がもっとアピールしていくか、研究者のうちから政治家を出すか。になるんでしょうか orz
Comment by sachi
sachi様
間の抜けたコメントでごめん下さい。先月まで博論調査で海外に居り、論文作成に行き詰まり(というか疲れて)息抜きしていてこのブログを見つけました。

私の専門分野は自然科学系とも社会学系とも言えないような、「〜学」と言ってはいるけれど学問分野として確立していると言うには研究者自身が後ろめたさを感じている人がいる(のではないか)ような発展途上・開発途上の分野です。
活動実践の方がず〜っと古くから定着して、大学・大学院教育が定着してきたのはごく最近。現在雨後の筍のように大学が乱立してきて、教員の質も怪しいような大学もたくさんできているようであり(元々大学教育が行き渡っていない分野だったのにこの分野で博士・修士の学位を持っている人間がそんなにたくさん居る訳無いのです)、本当に大丈夫なのか〜と心配しています。

私自身は実践分野にいた経験が長く、途中この分野で助手もしましたけれど、モヤモヤガ多く一旦実践現場に戻り、また研究分野に戻ってきたところです。4月にほぼ1年かけた海外でのフィールド調査を終え、結果のまとめに取り組んでいます。私のいる分野の場合、フィールドで色々な人にお世話になりますし、そのフィールドに居る人々、かかわる方々に結果をフィードバックするためにも英文論文にすることは必須です。

私が現在所属するのは日本の大学ですが、同じ学科の博士課程でも専攻によって博論に求められているクオリティーが違うようです。ある専攻ではそれなりの英文雑誌に投稿してアクセプとされたことが博論提出の前提条件であり、英文論文でなければ意味なし、です。一方では「学内紀要でもOK」です。もちろん学内紀要でも査読はありますが。ある方曰く、「英文論文を必修にしたらいくつかの専攻からは修了生が出ないんだよ〜」とのこと。英文雑誌も様々ですから一概には言えませんが、英文で書くことは、自身の研究結果を広く世に問う、という姿勢を持つことであり、その姿勢の無い人に「博士号」を出してしまうシステムは大いに疑問です。日本国内でお互いだけで納得し合うな研究者を排出していっても意味が無いのでは?と。

前述のように大学が急激に林立してしまい、教員が不足しているというのがこの分野での学位乱発の影にあると想像しますが(現実にはまだ博士号取得者はうちの大学からは数人のみですが)、そんなことをしていて後発学問分野であるこの分野に未来はあるのか?と悲観的になってしまいます。

さてさて、そんな大きなことを言っていても、私も自分の博論をきちんと仕上げねば何にもなりませんね。煮詰まって逃避するのはこれくらいにして、論文作成に戻ります!

ブログこれからも楽しみに読ませていただきます。

Comment by santy
★santy様、

「その姿勢の無い人に「博士号」を出してしまうシステムは大いに疑問です。日本国内でお互いだけで納得し合うな研究者を排出していっても意味が無いのでは?と。」

おっしゃるとおりだと思います・・・
そして自分は、おそらくその元凶である、大量の”学士”放出現場に入って一ヶ月たちました。

改めて思うに。
現場のわれわれ自身が、博士号、修士号、学士号の意味と責任を自覚しない限り、無駄な資格放出は止められないのだと思います(国家試験の様な統一試験制度を設けるのであれば別ですが・・・)。

人間というのは、ともすれば楽な方へ行ってしまいがち。
santy様のようにお志の高い方が一人でも増えれば、また一人でも多くの方が大学・大学院の学習過程の意味、研究の意味に気づき、輪が広がっていけば、日本のサイエンスも見捨てたもんじゃないと・・・そう、信じれるように、がんばっています。

O( ・`ω´・)乂(・∀・` )O FIGHT!!!
Comment by sachi
sachi様
博士号が学位のヒエラルキーの頂点であることは当然でしょう。しかしながら、学士号と修士号及び博士号とは社会公共的な意味あいが異なります。ここの議論で学士号まで持ち出すはいささか議論が飛躍していると思います。

学士号に問題があるとしたら、それは社会全体の問題である場合が強いし、
博士号はその関連性が薄く、博士号を生み出す学者集団の「部族」の問題にすぎないと考えております。

それしても、先生は
『おそらくその元凶である、大量の”学士”放出現場に入って』
いかなる意味で使われているのでしょうか。
・ご自分も粗悪な学士をどんどん出して学位質の低下に加担するぞ、との意気込みでしょうか。
・それとも、粗悪な学生を宛われたエリートとしての愚痴でしょうか。
いずれであっても、なくても、
『元凶』も『大量、放出』も現場にいる人間の言葉とは思われませんし、
"博士号の意味"というタイトルにふさわしい表現とも思われません。

先生はこのような議論をする場合、あまりにも言葉の使用が粗雑であると思います。価値的な議論はそのような粗雑な言葉からは生まれません。まあ、ここは学者及びそれに準ずる「部族」の飲み屋談義に過ぎないと思われますので、敢えて言及することではないのかもしれません。

上述のことは不適切、不愉快と思われたなら、どうぞ削除してくださって結構です。

2006/05/07 11:30 PM の先生の発言の本質ではないとは思いますが、非常に気になる表現でしたので、少し申し上げた次第です。
Comment by アマサイ
★アマサイ様、

あぁ、言葉が悪くて誤解させてしまいましたね、申し訳ありません。
「おそらくその元凶である、大量の”学士”放出現場に入って」
というのは、アマサイ様がおっしゃるような意味ではありませぬ。ちょっとここでは詳細に書けませんが、現場に入って中から変えて行かなくてはという意識の表れです。


”学士号に問題があるとしたら、それは社会全体の問題である場合が強いし、博士号はその関連性が薄く、博士号を生み出す学者集団の「部族」の問題にすぎない”

自分はそうは思いません。
その定義で行けば、学士号に関しても「部族」の問題ではありませんか?


ちなみに。
うちの学生君は皆さん優秀ですし、自分は日本の大学の学生さんの質にそれほど差があるとは思っていません(どこぞやで書いた気もしますが)。

従いまして、
”粗悪な学生を宛われたエリートとして”
という言葉は非常に心外です。
訂正してください。
Comment by sachi
sachi様

>あぁ、言葉が悪くて誤解させてしまいましたね、申し訳ありません。
そうですね。非常に誤解の多い表現と思います。
このコラムを読む皆さんが、このブログの全体あるいはsachi先生のことをご存じであるとは限らないので今後もお気をつけになった方がよろしいと思います。

>その定義で行けば、学士号に関しても「部族」の問題ではありませんか?
いえ、この一連の議論ではそうなっていないので。別枠で考えるのが筋です。
しかしながら、はその元凶うんぬんを修正してくださればそれで結構です。

>従いまして、
>”粗悪な学生を宛われたエリートとして”
>という言葉は非常に心外です。
ええ、敢えて心外と思われる表現をいたしました。ええ、わたくし腹黒いので。
前記問題は一応解決いたしましたので、
お詫びして撤回させていただきます。
Comment by アマサイ
★アマサイ様、
アマサイ様が腹黒いのはよぉく存じておりますが(こら)、私の学生が読んで不快に感じるような表現は今後はお慎みくださいませ。
Comment by sachi
『現場のわれわれ自身が、博士号、修士号、学士号の意味と責任を自覚しない限り、無駄な資格放出は止められないのだと思います』

そうですね。学士号については自分自身よく考えます。
最初の大学卒業のときに「ここから先が本当の学問だったのかもしれない。」と思ったのを、未だに心の隅っこに持っています。
学問って大学に行かなくても出来るものではありますが(文学の場合だけかもしれませんが)大学に入り卒業して「○○号」というお墨付きを貰う以上、自己満足でやっているものとは違うような気がしています。
やはり私は研究というものの一端を若かりし頃入学した大学で見せて欲しかったし、(時間があるにもかかわらず)それだけの努力が出来なかった自分を恥じていますね。

だから、今の大学を無事卒業できたとして、再び「文学士」を授与された時、自分はどんな気持ちで受け取るのだろうかと考えます。(努力の度合いによって変わると・・・(涙)

学士号は次の段階への基礎となるものですから、博士号の問題を考える時、学士号から考えるのは間違っていないと私は思います。
Comment by piaopeng
piaopengさん
> 学士号は次の段階への基礎となるものですから、博士号の問題を考える時、
> 学士号から考えるのは間違っていないと私は思います。
いや、それならそうと、初めから議論してね、と言っているわけですよ。
また、それなら、「学士号」と「学部と院とのインターフェース」を語るべきではありませんか。

「ちょっとここでは詳細に書けませんが、現場に入って中から変えて行かなくてはという意識の表れです。」
とか言ってるってことはバックグランドのある話なのに、唐突に出すなってことです。

なんだか、ここの管理人さんは思いこみでお話しするっていうか、
意見を募るのにそれじゃダメでしょ、っていつも言っているわけです。

放っておくと某R白書みたいにファンクラブの集いみたいになって、管理人さんの所望のご意見は得られませんから。だから、議論をするなら流れを踏まえて、と言っているんです。めんどくさいんで私もこんなこと書きたくないんですよ。でも、暴走は止めないとね。

でさ、
別に私は学生は不愉快になるとは思わないんだが。
sachi先生を思いっきり貶めているだけです。(メ▼.▼)y-.。o○ フーー

>アマサイ様が腹黒いのはよぉく存じておりますが(こら)、
ゴラァ、だ、こんにゃろ( ̄△ ̄#)
貴様に言われる覚えはない。
だったら初めから誤解受けるような発言するんじゃねえ( ̄▽ ̄)v
Comment by アマサイ
★piaopeng様、
★アマサイ様、

アマサイ様は、ディベートの形にこだわってらっしゃるようですが。
ことブログのコメント形態の場合、「初めから議論してね」って言うのは必要ないと思うのですが・・・(特に私のブログの場合)


>バックグランドのある話

いや、そーではなく、「半匿名」だから、今は書けない事があるということです。ご理解よろしく♪


>ゴラァ、だ、こんにゃろ( ̄△ ̄#)

アマサイ様はなぁ。
打たれ弱いくせに、威勢だけいいからなぁ。
ε-(;ーωー)フゥ…
Comment by sachi
いいえ、別にディベートの形式になんか拘ってないですよ。
ディベート知らない人にそんなこと要求しませんから。
どうも、管理人さんは本質的な議論がおできないらないようだ。
Comment by アマサイ
> アマサイ様は、ディベートの形にこだわってらっしゃるようですが。
そもそもそれが思いこみというものです。

> いや、そーではなく、「半匿名」だから、今は書けない事があるということです。
そういうことなら、初めから書くな。
> ご理解よろしく♪
ご理解はできません。

などということは他の方には興味ないと思うので、この流れにはもう書きません。

Comment by アマサイ
★アマサイ様、

もう一回書きますよー。
”「半匿名」だから、今は書けない事がある”
感情的にはならないで下さいましね★
Comment by sachi
しつこいですね。私もか( ̄▽ ̄)v。
私の最初の指摘をよく読んでください。
『おそらくその元凶である、大量の”学士”放出現場に入って』
という表現が問題であり、sachiさんもそれはお認めになったのではないですか。それでオフセットですよ、この件は。
『現場に入って中から変えて行かなくてはという意識の表れです。』
というなら、そのように書けばいいことです。

「博士号以前に学士号の問題があります」
と前提すればいいことです。ただそれだけのことです。
それを「博士号の前に学士号の問題があるはずだ。それは誰もが周知のはずだ」という思いこみが管理人さんにはあると言っているです。

piaopengさんは「学士号は問題ってありますよね」と言っているのだから、その点は寛容できます。

感情的というのもまた思いこみです。
アマサイは感情的になっているという事実と異なることが残留するのは不愉快ですので、
不愉快ですが、また書きました。

Comment by アマサイ
★ アマサイさま sachiさま

ど・どしましょう・・・(焦って言葉まで変になってしまう)
私の言葉遣いも間違ってましたねぇ。

「学士号は次の段階への基礎となるものですから、博士号の問題を考える時、学士号から考えるのは間違っていないと私は思います。 」

ではなく

「学士号は次の段階への基礎となるものですから、博士号の問題を考える時、学士号から考える必要がある」
と申し上げれば誤解が生まれなかったですね。

アマサイ様の
「学士号に問題があるとしたら、それは社会全体の問題である場合が強い」
という考え方は私とは異なる気がします。
もし、社会が学士の資格を望んでそういう意味合いでの資格取得を望む人がいるのなら、研究者の道を選ぶ人とは区別したほうが良いと思われます。

アマサイ様は学士は考えに入れず、修士・博士の問題と捉えていらっしゃると思いますが、私は学士を2種類に分けて問題を考えるのがいいと捉えています。
でも、現実には全部一からげにして「学士」は「学士」なんですよね。
私の考えている事は非現実的かも。





Comment by piaopeng
piaopengさま、おはようございます。
私の言葉が足りなかったために「ど・どしましょう・・・」と思わせてしまって申し訳ありません。
>私は学士を2種類に分けて問題を考えるのがいいと捉えています。
そうです、そうです、私もそういうふうに思っています。
今は就職回避のために院にいく人が多いらしいですが、研究職を目指して大学入って、博士まで行く人なんてどのくらいいるわけよ、って言いたかったんです。

>でも、現実には全部一からげにして「学士」は「学士」なんですよね。
そうです、そうです、「はぁ?自分研究しに大学来たわけじゃありません」とかいう学生も勘定に入れて学士を語ったら、この「博士号、の意味」のタイトルと大幅にずれてしまうではないか、だから「学部と院のインターフェース」を語ってちょうだいよ、って私は言いたかったのです。

piaopengさんとは同じ立ち位置であることが確認でき、私の発言がメモりの無駄使いではないことがわかり安心しました。

これからも、価値的に議論をいたしましょう。

ご意見ありがとうございました。
Comment by アマサイ
あっ、またすいません。
>私の考えている事は非現実的かも。
そんなことはないので大丈夫ですよ(^-^)v
Comment by アマサイ
アマサイ様

ご理解いただけてよかったです。こちらこそ今後ともよろしくお願いします♪
Comment by piaopeng
sachiさん,お久しぶりです。以前コメントさせていただいたjunkoです。
今日は報告したくてレスさせていただきました。

最近就職活動をしていました。
その結果ある会社に内定頂くことができました。
実をいうとある国立大学の助手としてのお話も
あったのですが,悩んだ結果企業への就職を決断
しました。私は研究はしたいのですが,
教育には全く興味がないためです。
周りに人は,助手になったほうが良いんじゃないかと
言われました。でも,私は企業を選びます。

sachiさんに負けないよう企業で研究を頑張りたいと思います。これからも,ブログ楽しみにしています。

私的なことをつらつら述べてしまい申し訳ありません。


Comment by junko
★junko様、

お久しぶりです〜。
ご自分の適性を把握されたご決断、きっと正しいと思います☆

実際・・・すくなくともうちの大学では、教育にご興味が持てないと、かなりきついと思いますし汗
これからのますますのご活躍を期待しております♪
Comment by sachi
Sachi様
古い話題へのコメントすみません。
私は工場勤務で20数年間の生活を論文にまとめて工学博士を戴きました。比較的珍しいケースだと思います。
なぜ、学位を目指したかというと本を出版するための前提条件でした。topの論文は審査(口頭試問)のときにやっと1報。secondが2報の状態でした。
2月末にに教授にアクセスし、5月連休までに論文草稿を提出すればアシストしてくれるとの厳しい条件でした。いまもその時の審査をしていただいた3人の先生と付き合いがあります。
私の場合、学位を取得しなかったら永遠に変人のままで終わったことと思います。単独書を出すことができ、その本へのblogがきっかけになって自分もブログを書き始めました。
博士・技術士の米粒論もありますが、自分にとって大きな訓練の機会でした。今後ともよろしくお願いします。
Comment by 5513
★5513様、

「博士・技術士の米粒論もありますが、自分にとって大きな訓練の機会」

じーん・・・(TT)
感動いたしました。

そうですよね。
「訓練の機会」と言っていただける程の訓練を提供するのが、指導教官というものなのですよね(しみじみ

こちらこそよろしくお願いいたします☆
Comment by sachi
大学人になる前、ある大手の製造業にいて、NY駐在を10年しました。そのとき知ったのですが、アメリカの田舎の大学へ行くとその当時で、博士号は1000ドルで手に入れることがでるとのことでした。私ももし持っていなかったら、早速チェックをきったかもしれません。今頃その学位を使っていたかもしれません。
Comment by goroh
★goroh様、

アメリカでもそんなことがあるのですね・・・ショックです。
日本では、医学部あたりで「お金を積んで博士」といううわさを聞いたことがありますが、本当かしら
・・・( ̄  ̄;) うーん
Comment by sachi
さて、ココは見られてらっしゃるのでしょうか?
でも見つけて読んで気になったのでコメントをしてみますね。

博士号ってどうなんでしょうね?僕は持ってないです。
取る理由が判らなくなり、取る努力をしなかった為です。
今も欲しいけど、同じ博士とは思われたくないジレンマに居ます。

さて、現状を鑑みてSachiさんは、どうするのでしょうか?
問題意識は大切だと思います。
でも、その後のアイデアを是非聞きたいです。
Comment by たまたろう
★たまたろう様、

どうするのでしょうか?とはどういう意味でらっしゃるのかが分からないのですがっ・・・

自分は、自分のところで博士に行くのであれば、自分で英語で論文が書けなければ生きていけないので、もちろんそのようの育てます。
うちの学生たちを見る限り、6年もあればそう育てることは可能です。

「そう育てなくてもいいや」という教官の意識が問題だと思うのですが・・・?
Comment by sachi
ご丁寧なお返事ありがとうございます。
どうも、この議題は思い入れが強すぎて、頭がまわらなくなるもので・・・(^^;

質問というか疑問は、例えば自分の学生を育てるとか、例えば日本の博士制度を一新するとか、例えば世界の博士基準を統一するとか、どのくらいを考えているのかなと思ったのです。

そして、知りたかったのは、Sachiさんが博士をどのように考えているのかなって事です。
現状の博士も博士と認めているのかな〜とか、ちょっとした事です。


Comment by たまたろう
★たまたろう様、

「例えば日本の博士制度を一新するとか、例えば世界の博士基準を統一するとか」

それはたとえば現状のワタクシが何を申し上げても無駄なのではないでしょうかっ・・・★
せいぜい、本エントリーを、学術会議メンバーでらっしゃる先生が書かれた博士に関する記事にトラックバックしたくらいでございます。

さらに申せば、学術会議メンバーが政策に持つ力はかなり弱まり、学術会議のえらーい先生でらしても現状を変えることは困難だと伺っております。

できることといえば、ブログやSNSを通じてわれわれ若手教員が意識を高めあう、草の根活動くらいではありませんでしょうか?


「現状の博士も博士と認めているのかな〜」

・・・はい、ずばり、「人によります」(きゃー
Comment by sachi
細かく丁寧に返信していただいてると、雑駁な書き込みが申し訳なくなってきます。。
ありがとうございます。そして草の根運動頑張ってください。同士は大勢居ると思うのですが・・・

人によります>
やっぱり、そうなんですよね。全く持って当たり前過ぎる事なんですが結局は人なんですよ。
そうなると、まず人として認識されるのに必要なものなんでしょうね。
持って無い人はどのように判断されるのですか?

Comment by たまたろう
★たまたろう様、

「持って無い人はどのように判断されるのですか?」

また難しいご質問をっ・・・★

怖いので、な・い・しょ
(▼-▼*) エヘ♪
Comment by sachi
当たり前の事ばかり聞くのも如何なものかとは思ったのですが、気になったもので。
お付き合いくださりありがとうございました。

また、何らかの機会でこんな話を聞けたらなーと思います。
では20年後くらいを期待してますね♪
Comment by たまたろう
興味深く拝見しました。
私は文系なので、事情が違うかもしれませんが。
文学博士の取得に際しては、当然のことながら苦労しました。
が、博士号を取ってから、学位に価値はあるのか?、と疑いたくなるような出来事の連発で、たとえば、某教授(その時、初対面)から、「博士なんて、単なるライセンスだから、それが何?って感じだし」と言われたときには、正直、へこみました。
めったに博士を出さないので、取れたのが奇跡といわれたのが数年前。
確かに、指導教授のネームバリューを利用して、教授の論文?と思しき論文を学術雑誌に載せるような輩がいたりと、今では、簡単に取れてしまうようになってしまったのかもしれません。

苦労して取った人間にとっては、少なからずショックを受けた一時でした。
Comment by ぽぽ
追加。
もちろん、博士号が一つの通過点であることは知っていますし、「ライセンス」の意味もよくわかります。
が、某教授の院生の所業が、後半の例なので、そのギャップが・・・。

一般に取得が難しいとされる文博ですが、一部の国立と私立では、博士量産のノルマがあることは有名な話しですね。
Comment by ぽぽ
★ぽぽ様、

あ、わかります・・・
自分も「何でこの先輩が?」って思うことがあって、絶対普通に博士は取らない、って思ってました★

博士号を取った今は、「博士を取った後、どれだけ慢心せずに頑張れるか」がポイントなんだなって分かりますが・・・★
Comment by sachi
いつも楽しく拝見させていただいております。
私は博士号所得時に、1st authorの論文はありましたが、ものすごい量の赤ペン添削をもらい修正したもので、正直自分が書いた文章はほとんど残っていない代物でした。
英語も全く話せませんでした。

しかしながら、研究するのが好きで、研究者を天職と思って疑っておりませんでした。

その後英語が全く話せないにもかかわらず無謀にも海外のPDを3年間行い、最近やっとこさ自分の研究が出来るようになったかな?と思ってます。

しかしながら、博士号所得時には全く持って一人前の研究者になれた気もしませんでしたし、科学者コミュニティに入れる能力を持った気はしませんでした。

結局博士号というのは取る側の覚悟を示すものなのだと、私は思います。
少なくとも私にとっては、今後不遇な目にあっても逃げずに研究を続ける、そういった覚悟を示したものです。

長々と申し訳ありません。一意見として参考にしていただければ幸いです。
Comment by opilio
★opilloさま、

「結局博士号というのは取る側の覚悟を示すものなのだと、私は思います。」

そうですよね・・・おっしゃるとおり、まずは取る側の意識が重要だと思います。
でもあの、自分、博士号取得者全員が研究に職を見つけなくてはならない、とは思っておりませぬ
σ(^_^;)アセアセ...

というよりむしろ、日本の場合には、博士号取得者が研究以外の分野にもっと進出した方がベター、だと思っております♪
Comment by sachi
もうポスドクを何年もやっていますが、正直しんどい!
自分の業績が伸びても研究室の都合とかいわれ給料下げられ続け、挙句クビです。
つぎの職場はボスが紹介してくれましたが、サラリーは半減以下。
こんなところで長続きはできないのでよそへ行きます。
って言っても国内はもう幻滅ですね。
ポスドク問題といえばポスドクをやったあとの職がないという問題も大きいですが、それ以外にも雇う側の資質にもいろいろ問題があると思います。
まずポスドクが学生の指導をやるのはおかしいですが、そういうことを平気で任せる教授が多すぎです。
金がなくなればアッサリクビを切る。
残された学生はどうなるの?
指導してきたという事実もその学生が卒業するころにはうやむやになっています。
入るはずの名前が論文から外されたりとか。
まじめにやって成果をあげても給料がどんどん下がっていくというのも一般社会の常識からするとかけ離れています。
雇われる側の士気について配慮が全くありません。
大学の先生方は、はっきり言って世間常識がありません。
何年か頑張って成果をあげても、いつまでたっても1年ごとの契約です。
・・・ニートの問題とも重なる部分が見て取れます。
日雇いの人はいつまでたっても日雇いだそうです。
一度遅刻すれば次の日からもう雇ってもらえないそうです。
そういう人は結局ニートになるしかない。
まぁうちらは年単位だからそれに比べればまだマシなんでしょうが、がんばったところで雇用条件が改善しないという点では共通です。
いつから日本はこんなに希望がない国になったんでしょうかね。
不満タラタラですみません。
Comment by mt
連投失礼します。

そうですか、そんな状況になっているのですか。

私のいた研究室は全然そんなことなく、論文書けなければ平気でD4とかあったので、かなりショックでした。
(M3もいましたし^^;)

自分で論文を書いたことのない人が他国の方と激論を交わすことができるはずもないし、
そんな資格もないと思います。

「博士」という称号はそんなに軽くない、と、ぜひ思って欲しいです。

拙い文章ですいません。。


Comment by ゆいな
★mt様、

やや!
対応が遅くなり申し訳ありません(><)


> ポスドクが学生の指導をやるのはおかしいですが、そういうことを平気で任せる教授が多すぎです

うーん、これはそのポスドクさんがどこに職をみつけたいかによるかもですー。
私はポスドクからアカデミック職を探したのですが、面接で必ず聞かれるのは「教育経験はあるのか」だったんですよね
ポリポリ (・・*)ゞ

もしアカデミック系で職を見つけたいなら、学生の指導経験は必ず自分のキャリアになると思うんですよね。


> 金がなくなればアッサリクビを切る。残された学生はどうなるの?

あ、これは。
自分が研究室持って思うんですが。
それこそポスドクだったら、情はあるかもしれませんが、残した学生さんは気にしなくていいと思います。
だって明確な責任義務はなく、ただ教育のチャンスとルーティーンを手伝ってくれる学生さんを与えていただいただけなのですから☆

お金がなくなったらクビをきるしかない、というのはさ、これは大学によらず中小企業でも生じることで、むしろそれを見越してどこかへ移るクールさが金稼ぐには必要かも。
で、移り先も、ボスに頼ってちゃダメかも
(;´▽`A``


>入るはずの名前が論文から外されたり

これはその、mt様の貢献がどの程度あったかによるのですが、もーし本当に貢献があってそんな状態になったら、その指導教官もしくは書いた学生に食って掛かるべきでありましょう。
そこはクールに、プロの科学者として、対応していいと思いまする★

・・・ただもし。publishされてから気づいたのだとしたら。
もうそんな先生には関わらず、さらにいい論文を書いてしまえー!(表立った喧嘩は絶対やめといた方がいいと思います)


> 何年か頑張って成果をあげても、いつまでたっても1年ごとの契約です。

えーとそれは、雇用されてらっしゃる制度によるのではっ・・・
たとえば研究所ですと、3年契約とかもありますし★
大学の場合は、その制度は先生が作ったんじゃなくて文部科学省とかが作ったのでは★★

ポスドクをとりまく制度は、だいぶ良くなってきたんですよー。
若手用のテニュア・トラック制度とか増えてきましたでしょ?
優秀な人材には、どんどんチャンスを与えようって流れがあり、それに乗ってしまうのをお勧めいたします♪
Comment by sachi
★ゆいな様、

ねー★
信じられませんでしょ★★
そんなこと平気でやるから(ごにょごにょ
Comment by sachi
アメリカの大学で企業より留学して研究している者です。面白い内容でした。博士号の意味は自分でも考えていますが、最近は個人の飾りにしか過ぎないなあと思っています。

アメリカでは博士というのは一種のステータスで取っている人と取っていない人の扱いの違いは明白です。僕は修士しか持っていないため、最初は相手の態度にも表れたりと嫌な思いもしました。しかし仕事を進めていくにつれ、相手の態度も変わるし、結局はその人次第で何とでもなることを経験しています。僕は博士もないですが、今は客員助手になっています。

アメリカでの博士はベンチャー企業にも進んだりと、受け口は広いですが、日本は先を考えなかった国の政策のせいで、博士の数が増える一方で受け口は狭くなっていますよね。日本の企業は博士を敬遠するのが常識になっています。研究費も厳しくなることから、研究室に入れる人数にも限りがあったりして、博士の価値のない人達を博士として卒業させなければならない背景もあったりと負のサイクルを作ってるように思えます。僕は博士の質を向上させることは人数の選択にもつながり、研究費の無駄な浪費にも減ると考えます。重要なことは、今後は博士過程(落第も含めて)の受け口の拡大を企業と国が一体となって考えていく必要があるかと思います。

個人的にはやはり中身のない博士はたくさんいるのが現状になってきて、博士ということよりもその人の能力、人間性が大事だと思っています。論文博士制度の動向は気になっていますが、自分は自分が博士の価値が出来たと納得できた時に取る、もしくは修士しかないまま面白い研究をしていけたらと思ってますね。
Comment by ポール
★ポール様、

わー、アメリカよりコメントありがとうございます♪

私立大学に研究室を持ってから一年半。
変な事に気付いたんですよ。

「うちの大学で博士に行く子の平均の方が、我が母校で博士に行く子の平均より、覚悟も向上心も、プレゼンに必要なコミュニケーション能力もある★」

…誰にでも博士にあげちゃうって問題は、もしや国立大や高偏差値大に限ったことかも…
Comment by sachi
>誰にでも博士にあげちゃうって問題は、もしや国立大や高偏差値大に限ったことかも

自分は京都大でしたが、日本ではまだまだ大学名で通用するところもあるかと思います。ただ研究室の体質とも関係していて、やはり厳しいところは優秀な博士を作っていますが。例えば、就職したくて出来なかった人がじゃあ博士課程にと進めばモチベーションはどうなってるのか?って個人的には思ってしまいますよね(笑)。

僕は少し前に博士課程に進もうと思ってて、当時博士過程だった人が自分のデータで論文を書いて、学振を取ったことで、自分は就職に切り替えました。僕の学振の可能性はなくなりますからねぇ。教授にも相談して、今の下の子らのデータで論文を書けばいいし、学振も応募したらいいと言われましたが、少なくとも自分はされたことに対してかなりの悔しさを感じていたし、自分は同じことを下の子にしたくなかったので、下の子にも自分で論文を書いてもらいました。博士課程は、自分の研究者としての成長と、教育者としての成長を兼ねていないと駄目だと自分では思っています。結果、就職して良かったことは、早くから金銭面で安定できること、万が一社会人が向いていないと思った時に、再度博士課程に入学して研究者としての道が作れることですかね。逆に、博士の人が研究者として向いていないと思った時は道は難しくなるのではないでしょうか。

僕の通っているアメリカの大学は有名でもなく、ビッグラボでもないので、博士課程の子はよほど優秀な人を除いて大体6年前後かかっていると思います。こっちの博士課程の生徒は全員が大学より2-300万くらいの給料はもらえるので、学生の金銭的な背景の日本との違いもあるかと思いますが、名前のない分、世に出しても恥ずかしくない能力の博士を作らないととも専攻長は言ってましたね。

今の世の中、ビッグラボは高性能技術や設備を駆使して、お金である程度の結果を出して、テクニシャン的な博士も多いと思います。会社の研究も同じで莫大な研究費で仕事を早く進められます。ここのラボを見ていると、節約も兼ねて、キットや設備に頼らず自分らで試薬を作ったりしてやっていっているので、仕事は遅くなりますが、系の原理の理解にもつながり、トラブルシューティングや実験系の応用もできてくるので、研究者としての懐は広いと思ってます。一長一短で難しいですが、バランスの取れた博士が必要なんですよね(笑)。
Comment by ポール
★ポール様、

そうですねぇ…
いろいろな分野で発表させていただいてるのですが、科学社会から離れるほど、「どこの大学をでたのか」「どこの組織に属しているのか」を気にされます★
この辺はアメリカでも同じかと思います。

自分は学生の頃、「こんな先輩でも博士号とれちゃうのー?」って思ってましたが、結局ビッグネームの下だと人脈もあるので職には困らないんですよね。一方、明らか優秀、って思うのに学校や研究室があまり有名でないばかりに無職に近い状態だったり…

「悲しいけど、これ現実なのよね」
Comment by sachi
#長く続いていますね。ここへの投稿が。私もちょっと書いてみよう。

アメリカのラボにしばらくいたんですが、もうひとりのポスドク(アジアの人)は全く自分で論文を書きませんでした。だけどそういう人がそのボスは好きだったようで、有名な雑誌に論文が3つくらい出ました。

私はD論は日本で出しました。アドバイザーは日本人。とても厳しく、論理的にきちんと説明ができないような実験結果が出たら、よりきちんとしたデザインの実験でやり直さないといけなかったです。「これじゃあ論文にならない」から実験した3年はなかったことに…って雰囲気もあって、院生の私は辛かったです。なんでも自分でできるようにならないといけないというアドバイザーの指導は何から何まで厳しかったです。

が、先に私が挙げたポスドクさん(グリーンカード取得後、企業へすぐに移られたようです)と違って私は自分で論文を書く人になり、アメリカのラボではボスに嫌がられても自分で研究ができる人で随分助かったと思っております。

まとめると…(汗)
自分がそれでいいなら、言われたまんま仕事をして、論文も誰かに書いてもらって学位もらってもいいのかも。それがイヤなら辛くてもきちんと一人立ちできるようにしてくれる教官を見つける。学位の質は結局、本人を見ればわかると思います。いや、学位があって実力のない人でも生き残れたりすることもあるのかもしれませんが…

最後にsachiさん、お体大切に!
Comment by おもいつかないひと
★おもいつかないひと様、

えー、えー、えーーーー。
自分、PIになって思うに、論文を自分で書いて下さらないポスドクはマジでいらないですよぉ。
お金もったいないぢゃないですかっ。
いったいその方の名前が入った論文は、どなたが書いたというのでしょう???
Comment by sachi
sachi様:

コメント頂けて喜んでおります。あまりこういうところに投稿しないものですから。

sachi様の意見には私だってもちろん同感ですよ。

1 私も使えない人を取るの絶対イヤですよー。だからどのラボ出身か(指導教官はどなただったか)は見ないといけない。発表させてみると少しはわかるが、話すのがやたらうまい人もいるのでねぇー。

2 私が挙げたポスドクさんの論文はボスが全部書いてました。一応コメントは要求されるので、適当にボスにコメントしたようですけど。レビューから戻ってきて、ボスが、「こんなこと言われてるんだけど」ってその人に言ったら、「僕もそう思ってた」ってさ。ボスは「じゃあなんで言わないんだ?」とニコニコしながら質問してたけど。まぁ二人は仲良しだったし、論文も出たので、そういう意味で彼はラボに貢献したのだろうけれど、私はその会話を聞いて、いゃぁこれはたまらんって思いました。

3 こういう経験があったので、ずいぶん大変でしたが私を鬼のように鍛えてくれたアドバイザーには感謝してます。その苦労が結実するかは私の努力次第だし、結実させないと、先ほどのポスドクさんのほうがなんだか立派な人みたいになりますからね。

でも、最終的にはそういう博士で自分がいいのかどうかという問題になるんじゃないかなぁというのが私の意見でした。
Comment by おもいつかないひと
★おもいつかないひと様、

マァ人生、結局「自分がどうしたいか」だけですからねぇ・・・
でもなー。博士号の資格を持つからには、高いクオリティを維持していただきたいとは思いますよぉ心から汗
Comment by sachi
★おもいつかないひと様、

マァ人生、結局「自分がどうしたいか」だけですからねぇ・・・
でもなー。博士号の資格を持つからには、高いクオリティを維持していただきたいとは思いますよぉ心から汗
Comment by sachi
博士を授与されるために必要なこと、大切なことは何なのかを院生に伝えることは、先に学位を取っている我々の責任の一部でしょう。それを放棄する先生方もいらっしゃるかもしれないですが、sachiさんや私がそれを放棄したくないと思えば(思っているわけですが)、努力することはできますよね。鬼と呼ばれるかもしれないけど(笑)

でもこれはやはり理想論の香りが少ししますよね。学生は確保しないといけないし、卒業させなきゃいけないし。

先輩がポストを得て、あまりにラボに来ないし、仕事もしない修士の学生に愛のムチとして、「研究向いてないんじゃないか?そんなにやる気がないんなら」って言ったら、1週間かそこら経って辞めちゃったって聞きました。先輩は「いやぁ、オレのときはあんなこと言われて、辞めるなんてヤツいなかったんだけどなあ」と。後で、学科長に生徒を減らしてすみませんと謝ったとか。学科長に叱られはしなかったみたいですよ(笑)。
Comment by おもいつかないひと
どう考えても 英語論文の指導をうけてない
ドクターがいることに 違和感を覚えます。
もとろん 指導教官にも同様です。

それに。ポスドクであふれかえっている
この現状。
研究職に明るい将来(希望のようなもの)
があるのだろうか?

私の指導教授は 変わり者ですが
学部生の頃から英語論文の指導を
してくれました。
さらに 日本だけの視野でなく
国際的なものの見方をしないといけないと
よく言います。

最近までは、いまいちピンとこなかった格言ですが

つまるところ ドクター取得の意味とは 
日本の代表研究者でかつ 国際的な場でも
通用する研究者であると言うことを
暗に示しているのだと。
研究室の生活を通して
感じるようになりました。

実験のディスカッション以外に
このような教育を、
研究者になりたいと望む学生達に対して
指導することが 
正しい姿勢ではないのかと考えます。
 

さらに 国際的に 生まれ育った環境の違い 宗教の違い…
さまざまな価値観の違いがあることを早く認識して
自分が日本人として何が出来るのか
その段階まで到達しなければならない

まだまだ何も出来ない 修士一年生ですが
このような研究者になりたく思います。


Comment by SAKA
★SAKA様、

今自分が思うには、日本にこだわる必要はまったくないんじゃないかなぁと・・・
諸外国では博士を持っていないと困るシーンがたくさんあるわけでして、そういうところで武者修行をしておく。
そのうち、日本(の教育も博士就職事情も)が諸外国に追いついて、職に困るということはなくなる。

まぁ、日本に戻って来たいと思うかどうかが問題ですが。
・・・自分、日本について諦めているかもしれません
...( = =) トオイメ
Comment by sachi
Sachi様
コメントくださってありがとうございます。

自分の進路に悩みながら、
最近毎日ブログを拝見させて頂いてます。

私自身 博士に進学すべきか 就職すべきか
悩んでいる状態なんです。

日本にこだわる必要ない…。
確かにそうかも知れませんね。

まだまだ下っ端でわからないことだらけですが
諸外国に追いついて職に困らなくなる日は
いつやってくるのやら(?!)


Comment by SAKA
★SAKA様、

結構すぐだとおもいますねぇ・・・
資源のない日本がピンチになればなるほど、皆さん科学技術の重要性を実感すると思いますので。
日本も最近、博士課程の学費が無料なところもでてきたではありませぬか♪
Comment by sachi
海外でポスドクを始めたばかりの理系女子です。
「自分でテーマを考え、自分で実験して、自分で英語の論文を書」かないと学位がもらえない研究室で(その間気まぐれな教授から降りかかってくる様々な疑似餌を避けながら)、できの悪い学生だった私は結局4年半もかかってPh.Dとりました。

途中うつになったこともあったし、博士後期在学中に結婚したこともあって何度も投げだそうと思いました。
夫のつてでどこかのラボのテクニシャンでもやればいいと思ったり、とある医療資格で稼げばいいやと思ったり。

でも今ポスドクを始めてやっぱりPh.Dとってよかった、と思います。
博士号は土俵に上がるためのパスだと思います。博士号を持っていても土俵に上がっていない人、一生懸命仕事をしていても博士号を持っていない人は仲間と見なされると思うので、私としては取った方がいいか迷っている人は頑張って取るだけのものではあると思います。

でもこれからずっとアカデミックで食べていくかどうかはまだ決心がついていないです。子供も欲しいし、自分のキャリアを最優先するのではなく夫のゆく先々について行こうと思うので、その都度ポストを探す必要もありますし、偉くなればなるほど「実験して論文を書く」こと以外の仕事が増えて先生方皆忙しそうなのでそういう生活には憧れないというのもあります。
業績を出し続けられるかどうかの不安をすり替えているだけかもしれませんが・・・。

なので、将来のことは全く未定なのですが、えーと博士号の意味というお題からはずれてしまっていますが、一つのパスを得るという意味ではそれをどう使おうと本人の勝手ですが、まだまだとる価値はある、と思います。仲間に入れてもらって始めて見えた世界というのもありますし。

自分で何も苦しまないで学位を「与えられてしまった」人がいるとしたら、それはかわいそうだと思います。よく状況を知らないのですが、本当にあるんですよね?そういうことが?
「おまけ」とか「箔」とかとしての学位ならいいとしても(よくないかもしれないですが・・・)Ph.Dとしての仕事をしていこうと思ったら「自分で何とかした」経験がないと難しいのじゃないでしょうか??

Comment by まめ
★まめ様、

・・・最近、実は忙しくない先生のほうが日本では多いことに気づいた管理人です(爆)
ご指摘のとおり、自分で何とかした経験がない方は、その後かなり苦しまれると思います。

結局日本ていう国は、博士号にしろなんにしろ、実力に見合わない資格を与えすぎなんだと思います
...( = =) トオイメ
Comment by sachi
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Comment by 怪傑ストライク男
興味深く読ませていただきました。
私は(もしかしたら上記のコメントにも書かれていたかもしれない)投稿論文無しでも博士を取れるとこの大学院生です。
今丁度、自分で書いた論文を投稿しようとしている真っ最中です。

さて、以前に私はうちの学部の教授とこの件(論文無しでも博士)について話したことがあります。
先生によると、投稿論文と研究科としての博士授与に関しては全く別個に考えているとのこと。
あくまで博士授与は大学院としての教育の結果であると。
論文数は関係ないのだと。
そしてその教育体制には自信を持っているようです。

投稿論文に関しては、実に様々な要因によって「出せない」ということがあります。
学生間の研究テーマの連結の問題(誰を1stに?どの時点で出す?)、結果が出るまでの時間の問題、分野によっては査読期間の問題があります。非常に嫌な話ですが、レフェリーがcompetitorと繋がっていて、裏でストップさせといていつの間にか同じ内容が!ということも普通にあったり…。

また、投稿論文が出せたとしても、例えば数が多けりゃいいのか(査読ありでも審査がザルな雑誌はいくらでもあります。)、質はどうするのか、といった問題もあります。Cellと国内誌を比べていいのか。
うちは薬学なのですが、分野によって論文の出るスピードが違います(有機系と生物系など)。では、論文数を設定することに意味があるのか。

博士が自分で論文を書かないのは問題だとは思いますが、(てか自分は他人に論文書いて欲しくありません。そうじゃないですか?)投稿論文の数と博士取得の関係はなかなか複雑です。

ちなみに自分の経験談ですが、修士からそのまま助手(昔の話です)になってしまった今の教授連中ってのは低レベルなのが多いという印象です。博士課程を経た教授の方が賢い気が…。あくまで印象論であり、サンプル数も20人程度なので愚痴程度にお受け取り下さい。
Comment by
★名無し様、

本エントリーを書いて数年がたった今。
文系研究者の分野では「投稿論文と研究科としての博士授与に関しては全く別個に考えている」というのが普通なんだなぁって知りました。

つまり何がいいたいかと申しますと。
投稿論文の数と博士号取得の関係は、もちろんながら分野によって変わるのですが。

投稿論文が多い分野で、スタッフが学生の代わりに論文を書いて学位を授与するのはかなり問題であると。
大学教員になって、ますます感じます(実際、自分が書いちゃったほうがずっと早いですけれど、自分が書いちゃったら教育にならないんですもの★)。
Comment by sachi
sachi様
「科学者たちの奇妙な日常」を拝読し、そこからこのブログの存在を知りました。
実験とか論文書きとか、こんな楽しいことは絶対に他人にさせられない!
と私は思うのですが、それをしたくない学生が博士課程に進学することがそもそもの問題なのではないでしょうか?
そういう学生が博士課程に残り、きっちり自己管理でき、研究をコツコツ行える学生が修士で就職している、というのが私の周囲でのここ数年の傾向です。
Comment by 社会人大学院.jp
★社会人大学院.jp 様、

ご購入いただきありがとうございます
m(._.*)mペコッ

うーん・・・したくないのか、させてないのか微妙なところですよね・・・
させてない、んじゃないかなーと思うのです私★
Comment by sachi
返信ありがとうございます

したくないのか、させてないのか・・・それぞれなんでしょうね。
うちのボスは院生の論文を代わりに書くことはゼッタイにしないですが、院生のほうが実験しなかったり論文書かなかったり(ちゃんとやっている学生もいますが)。

きっとボスはいろんなプレッシャーに耐えているんだろうな、と思いつつ。
院生がそういう姿に何かを感じてくれればいいのですが。
それとなくほのめかしてもあまり気づかないようですorz

すみません愚痴でした。
Comment by 社会人大学院.jp
★社会人大学院.jp様、

あぁわたし分かります、社会人大学院.jp様のボスの感じるプレッシャーというかむかつきというか怒り・・・
...( = =) トオイメ
Comment by sachi
sachi様

はじめまして。博士取得決定したばかりの新参者です。

論文を自分が書かずに博士取得というのは結構苦労したものとしてはやりきれない気持ちですね・・

卒論や修論についても似たようなことがあると思います。所属していた研究室のボスは実験から論文作成までを院生に一任し、自分はほとんど読みもしない人でした。指導を任せるのは院生の勉強にもなるから良いとは思いますが、まったく関与しない(最終発表の前にちょこっと見て、無理難題を押し付ける)のは職務放棄だと感じていました。
毎年、卒論生4人に修論生1〜2人、おまけに博士課程の学生も1人指導という状態でした(笑)。

研究者であって教育者でないという言葉がぴったりのボスで、研究者である前に教育者でなくてはならないのではということを強く痛感しています。

ちょっと愚痴りすぎですね。すいません。
Comment by t.i
★t.i.様、

まずは博士号取得おめでとうございます☆
本当にご苦労されたことと存じます。

まぁでも・・・
このエントリーを書いて数年が経ち、いろいろ分かるようになった自分としては。
「苦労せずに博士号を取った人と、苦労して博士号を取った人は、その後の道がぜんぜん違う」
と言う事実をお送りしたいと存じます。

詳細は・・・

t.i.様も、いずれお分かりになります
(^-^;
Comment by sachi
sachi様

返信ありがとうございます。

その言葉の意味がわかるような将来になれるよう頑張っていきたいと思います。確かに指導経験は非常に勉強になったので、良い経験にもなりましたし。

ではまた何かの機会に。。。

Comment by t.i
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